場面緘黙のこと

2020年4月17日 (金)

「時期」は来る。

いま思えばですが
前の仕事を続けることに疑問を持ち始めた頃に
その「時期」がやってきていたのかもしれません。

現在、場面緘黙は
「なるべく早いうちから
周囲の理解と支援を受けたほうがよい」
とされているようですが
そんなものがとっくに手遅れな
「元場面緘黙の大人」な私たち。

私たちの子供の頃は
「場面緘黙」という言葉すら知らない時代。
多分、運よくおかしいと気づいてもらえ
病院で診てもらえたとしても
当時のお医者さんですら、
まだ認知されていない症状。
「わがまま」「努力不足」
「親の過保護・過干渉」「愛情不足」
見当はずれな診断をされて
状況は悪化するだけだったでしょう。

それに比べて現在は
まだまだとは言え
格段に「場面緘黙」の認知は広がっており
メディアでも取り上げられたり
親や学校が気付いて
配慮する方向を考えてもらえたり
専門に研究しておられる方の
カウンセリングを受けたりもできる
支援の輪は確実に広がっている・・・

なんて「いまの場面緘黙の子達」は
恵まれているの・・・!

・・・と
以前の私は思ったりしたものですが・・・

そりゃあ、認知されてないより
されたほうがよっぽどいいことですし
支援もされないより
されたほうがよっぽどいいことなのです
・・・が

「認知されていようがいまいが
支援されていようがいまいが
その人の悩み苦しみの程度は
その人しかわからないし
その人自身が
背負わなきゃならないことは変わらない」

だから、環境が変わったとしても
昔は不幸で今はマシ
なんて、傍から言えることではないですよね・・・

「場面緘黙」から抜け出したいのに
抜け出せない。
思考の「負のループ」に縛られて
身動きできなくなってしまう
辛く苦しい当事者の心情は
今も昔も変わらない

でもね、その辛く苦しい状況が変わる
「時期」っていうものが
いつかは誰にでもやって来るものじゃないかって
思うようになりました。

認知されて支援を受けている
場面緘黙の子供達にも来るでしょうが

誰にもわかってもらえず
一人で何十年も苦しんできた
「元場面緘黙の大人」のアナタにも。


長年の悩みや苦しみの感情が
何か別の方向に変化してきたような
感覚・・・
何かわからないけど
このままじゃいけないような気持ち・・・

「努力しなきゃ!」

なんて、決死の覚悟じゃなく
なんとなく、あっちに行ったほうが
いいような・・・っていう
呼ばれているような
後押しされているような
そんな感覚・・・
ちょっと言葉にしようとすると
難しいのですが

とにかく、
自分は50代にしてその「時期」が来て
いまここにいるのだと感じられるのです。

お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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今回のこの記事
なんと!
ちょうど1000記事目になるんですよぅ!
・・・って言っても
下書き途中のものや、公開してないものも
合わせてなんですが(;´∀`)

200417

記念すべき1000回目に
私の長年の場面緘黙に対する拘りと決別するような
内容になったことに感慨深い思いがいたします。
新しいスタートラインに立ったつもりで
1001記事目からも「ふるまんカフェ」
続けて参りたいと思います。
いつもお寄りくださるアナタにありがとうを。
これからもよろしくお願いいたします。





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2020年4月11日 (土)

時期が来た。

ようこそ、いらっしゃいませ。

今回は、主に
「場面緘黙」の二次障害的なものをお持ちの
「元・場面緘黙の大人の人たち」に
お読みいただけたらと思っております。
「場面緘黙」に興味のない方でしたら
またのお越しを・・・
もし、読んでみてもいいわと思われたアナタ
よろしければ、お付き合いを・・・


私はこれまで

「場面緘黙とは結局、何なのか?」
「どうして自分は場面緘黙になったのか?」
「いつまで自分は場面緘黙の後遺症に
悩まされなければならないのか?」
「場面緘黙という症状が早く解明されて
はっきりとした治療法なり改善法なりが
見つかればいいのに!
そうでなければいつまでも自分は
このネガティブな思いから逃れることはできない
この生きにくさから解放されることはない」

と、場面緘黙の正体を知りたい
あるいは誰かに突き止めてほしい
と考えていました。

何か、人間関係でうまくいかないことがあるたび
コミュニケーション下手が露わになるたび
自分を責めたり
恥ずかしさで声をあげたくなったり
その出来事をいつまでも心の中で反芻してしまって
暗い気分を引きずりながら

「結局、自分は場面緘黙だったからダメなんだ。
いつまでたっても、年だけくった大人で
大人らしい対応がまるでできないのも
人にも一人前に扱ってもらえないのも
誰からも好かれないのも
自分が場面緘黙だったからだ
なんでこんな風に生まれついてしまったんだろう?
もう、早く死んでこんな思いから解放されたい・・・」

そんな思いに囚われてしまっていました。

場面緘黙の後遺症に悩むアナタも
そのようなことはなかったでしょうか?

短大を卒業し、就職し、結婚し、子育てし
パート勤め、義母の介護・・・
歳を重ね、色々と状況が変わる中で
あたふたとしているうち
次第にその思いに囚われることも
減ってはきましたが
やはり時々人間関係でつまずいた時
生きづらさを感じる時
「場面緘黙」のまま形成された人格に
自分は死ぬまで支配されねばならないのかと
鬱々とした気分になることがありました。

「場面緘黙は大人になれば治る」

というネット記事もありましたが
何をもってして「治る」と言われるのか・・・

ただ単に
「仕事の話」
「必要最低限の会話」
「事務的な受け答え」
というなら私もできますが
この昔から続く「生きづらさ」は
いつまでも自分の中にこびりついているのに・・・


考えた果ての
私の「場面緘黙」は

そもそも自分の持って生まれた
ネガティブな部分が
環境・育てられ方によって増幅し
それが他人に対する警戒心や不信感を呼び
それと同時に他人に対して服従することや
従順になることを求められていると
無意識に信じ込み
それに対しての自分の感情が
無意識に拒否反応を起こすという
内面の三すくみのような状態が
しゃべれない・他人と関わることができないという
外面の状態に表れてしまうのではないかとか・・・

まぁ、人それぞれ思うことは違いましょうが
私の場合はこんなカンジなのではと思っています。


さて、現在の私ですが

これまで何度も記してきたように
私は、今年は自分の考えを180度変えるよう
生活しています。

そこで、私の「場面緘黙」についての
拘りも変えようとしています。


理屈や原因を探ることに縛られるのはもういいか、と。
ひとりであれこれと考えたり
ネット検索して知識だけを増やすのは
ひとまず いいかな、と。

かなり頭でっかちになっている私にあと必要なのは
実際に自分がどうしたらこの思いから解放されるのか
ということ。

後は結局

まず、とにかく、人と接してみて
体験をしてみて、経験を積んでみて
その中で考えてみる。感じてみる。

いまの自分に必要なのは、
それだと思っています。

(イメージ画を描いてみたけど・・・)
↓↓
200409
(わかりにくいわね・・・ゴメン・・・)

そんなこと、多分
「元場面緘黙の大人の人たち」は
わかり過ぎるくらい
わかっていることですよね・・・

「何度も思い切って」人と接する環境に
飛び込んでいって、そのたびに
「やっぱり自分はダメだ」と
その場から撤退してしまう・・・
撤退しないまでも
また定着してしまう「居づらさ」のパターンに
失望しながら諦めて
悶々としながら日々を過ごす・・・
そんなことの繰り返しだったのでは・・・?
私もそうです。

けれども、今回はいつもと違う
前向きな何かが自分の中にあるのを感じます。
「自分は変わってきているな」と
そのように思える
「時期」が、50代のいま
自分にもやって来たのだと感じているのです。

・・・長くなってしまったので一旦ここまでで。
お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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2020年3月27日 (金)

母親についても。

以前、中途半端で終わっていた記事
「母親たるもの」ですが

「何故自分は母親について
好意的な感情がないのか?」
(親にそんな感情を持てない私は
親不孝な罰当たりなのか!?
それは私のせいなのか、母のせいなのか!?)

という自問を解決するため
「自分の母親はそもそもどういう人であるのか?」
ということを深堀りしてみよう、
自分が納得するまで、と。
そして好意的な感情が持てない自分を受け入れよう。
(そうすることで、自分が場面緘黙になった
原因の一端にも触れることができるかも?)
と思ったことから記していたものですが

前回の記事で
人には白い部分も黒い部分も
グレーの部分もあるのだ
その出方は様々だけれど
それがその人なりであるのだと気づき

自分がその人について
白か黒のどちらかなんて
決めつけることはできないこと
そしてその人のことを
好きか嫌いかの二択ではなく
好きな部分もあり
嫌いな部分もあっていいんだと
更にいえば
白だから好きにならなければいけない
黒だから嫌わなければいけない
なんてことでもないんだと
気付いたことで

母のことも
もう、わざわざ深堀りする必要はないか
と考えなおしました。


確かに私は母に
好意的な感情を持っていませんでした。
けれども、それは若い頃の私。
「場面緘黙」に囚われていた頃の私。
私の辛い思いに親として気づかないばかりか
自分は正しいということを疑わず
自分を犠牲にして子供を一人前にしたという
自負が見え隠れすることへの嫌悪感を
いつまでも引きずり続けていたのだろうと思います。

けれども、それは母の一面に過ぎなくて
そして、
私の母に対する感情の一部に過ぎないのです。

今、あらためて考えてみると
私の母に対する感情は
そりゃ、良い感情ばかりではないですが
ちゃんと感謝する気持ちもあり
(”感謝しなければ”ではなく、
ちゃんとした”感謝”です)
こういう部分はいいよな、とか
こういうところは尊敬するわ、とか
素直に思える自分がいるのです。

ひとりの人の中にも
色んな面があるのだから
ひとりの人に対する感情は
一つでなければいけないわけじゃない。

だから
親に100%好意的な感情を持てない子供は
親不孝な罰当たり
・・・というわけじゃないんだ。

全ての感情を許していいんだ。
自分のも人のものも。

逆に母も私のことを
好きになれない部分もあったかもしれない。
いけ好かないとか、鼻につく、
嫌いな部分もあったでしょう。
でも、
そこだけに感づいて傷ついてしまわないでいい。
私の「良い」と
思ってくれた部分もあったはず。
私のためにしてくれたことも確かにあった。
なにより
自分の産んだ子供達を一人前にする
という責任感を持って
育ててくれたのでね。
それは、当然のことではなく
すごいこと、尊敬すべきことだと思うんですよ。
感謝だよなぁ・・・と。


さて、そんなわけで今の自分は
現在80半ばの両親が
近い将来介護が必要になった時
依頼があれば、シモの世話をしに行くことも
別に抵抗なくできるであろう、と思うので
トータルすれば
両親に対して
好意的な感情の割合が高いのだろうと思います。

自分が長年抱えてきた母に対するモヤモヤは
これにて解決としたいと思います。

200327

長々と記しましたが
なかなかわかりやすくお伝えすることが
難しい・・・
なんかちょっとよくわかんない文章でしたかね
でも最後までお読みくださったアナタにありがとうを・・・
それでは、また。


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2020年3月24日 (火)

白であり黒でありグレーであるパンダのように。

あのね、朝の情報番組「ZIP!」の
2月からやってる新コーナーで
「星星のベラベラENGLISH」
っていうのがあるんだけど
それに「星星」ってパンダのキャラクターが
出てくるのよ。
その「星星」
もちろん着ぐるみではあるんだけど
とってもリアルパンダで
初めて見たとき私ちょっとびっくりしたのね。

何がリアルかっていうと
パンダって普通、
毛の色が白と黒だけで表現されるけど
「星星」はちゃんと
胸から腹のあたりの白毛が
汚れたような色なのよ。
グレー・・・ってか茶色っぽいってか。
本物のパンダの画像を見ても
なるほど下半身とか腹とか、
白毛が薄汚れてる部分があるのよね。
あれは、個々のパンダが
もともとそういう色なのか
それとも活動するうちに汚れてくるのか
わからないけれど
そこらへんまでリアルに再現させるのが
すごいと感心したのよね。

それで、気が付いたことがあるんだけど

人間の内面にしても
白と黒だけじゃないわよね・・・
自分はこれまでそんな当たり前のことにも
当たり前すぎる故に
頭では、ちゃんと知ってる気になって
気持ち的には、
実は全然わかってなかったんじゃないかって。


そして、
自分がその人の黒っぽい部分だけを見てても
その人自身、全部が黒いわけじゃないし
白っぽい部分だけを見てても
その人の全身が真っ白だと
決めつけられるわけじゃない・・・と。

ちょっと離れて見ると、
ひとりの人の中に
黒い部分や白い部分、グレーの部分
色んな出方があってのその人なりなんだ
ということがわかったりして・・・

自分がこれまでいかに単純に
人を白か黒かで判断しようとし
好きか嫌いかを決定づけようとしていたことかと
気付いたんですよね・・・

200324

長くなりそうなので
一旦ここまでで。
お読みくださりありがとう。
それでは、また。


あっ、今回のタイトルもじりは
ドラマ
「シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。」
はじめて聞いたとき、
面白いタイトルだと思ったのよ~
でもドラマは観てないのよねぇ・・・
いや、今期は何のドラマも観てなかったわ。
その余裕がなくて・・・


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2020年3月 4日 (水)

深掘りをやめてみる。

ようこそ、いらっしゃいませ。

「自分の考え方を180度変える」

を、今年の目標として生活してるんだけど
いま意識していることは

「人の言葉の裏を読む癖を止める」
「人の態度や素振りの意味を
あれこれ考えようとしない」

ってことでしょうか。

例えば、以前の自分は
たまに人からかけられる褒め言葉ひとつでも
そんなことはないですよ~、と謙遜しながら

そんなことホントは思ってないでしょ、とか
そんな風に言って、私をやる気にさせようと
しているのかしら、とか
そんな風に人のことを褒められる自分凄いと
思っているのかしら、とか
私のことを何もわかってないのに
分かった風なことを言う、とか

色々と否定的で偏屈でいやらしい考えが
わいてしまっていたようです。

褒められればただ素直に
「あら、嬉しい」
と感じればいいことなのにね。

褒めてくれた人がホントは何か
別の思惑があったかどうかだなんて

こっちが考える必要はないことで
逆にあれこれ勘ぐるなんて
純粋に私を褒めてくれたとしたら
相手に対してとても失礼なことですよね。

仮に何か裏の意味があったとしても
「こちらが気にする必要はない」
でしょう。

「裏があったんだ」と、
もし後で気づいたとすれば
その時にどうとでも思えばいいわけで


その時・その時に
ちゃんと、はっきり言葉にして
伝えてくれたことのみを
受け取って、感じればいい。
誉め言葉にしろ、注意にしろ、
アドバイスにしろ。

ひとつの言葉に対して
あるいは何気ない態度ひとつでも
これまでは
深く・深く・深~~~く
掘り下げていってしまい
余計な考え方を発掘して
心の内を
いらんものだらけにしてしまったカンジですかね。
そして、結局自分が本当はどう感じているのかが
わからなくなっていくという・・・

50代・・・もうあれこれと
深堀りするのも
疲れるし、モヤつくだけだし
時間の無駄にもなっちゃうわよね。

「素直になる」

そうすれば気持ちは楽になるし
相手に意味のない敵意を持つこともない。
相手を好意的にとらえることができて
そうすれば自分ももっといいイメージで
見てもらえるようになる。
いいことづくめよね・・・と考えて
ともすれば、前のように
あれこれ考え、暗くなりそうになる時
この言葉を唱えていますよ。

200304

お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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2020年2月28日 (金)

さよならさよなら、ありがとう。

このタイトル・・・
ブログを止めるというお話ではないことを
はじめにおことわりしておきまして
またたらたらと思うことを綴ります。
よろしければお付き合いを・・・

去年の今頃の記事を読み返してみたんです。
あの頃はいまの自分がこんな選択をしてると
思ってはいなかったろうな。

もともと1年と数か月前、私は
「昔(子育てしてた頃ね)の落書きを
ちゃんと一つの漫画にしたい」

という「やりたいこと」が見つかった
と、言っていました。

そう言っているうちに
工場の仕事で指を怪我してしまい

「せっかくやりたいことが見つかったのに!
もう絵が描けなくなるかもしれない!」

と、ショックを受けました。

けれども、実際はそこまでひどい怪我では
なく

「きっとこれは、今の仕事をやめて
やりたいことをやるべきだ」

ということなのかもなと。

あの怪我が、その前から
「このままこの工場の仕事を定年まで続けること」
に、疑問を感じていた私の背中を押し

仕事を辞め、やりたいことをやろう。
漫画を描こう。

としたのが
約1年前の話になります。

そして、去年1年間・・・
私は、何をしていたかと言えば

・・・・・・

ぶっちゃけ
漫画を描く以外のことを

していました。

何なんだ!?

というツッコミをいただきそうですね。
いえあの・・・
はじめは描いていたんですよ。
絵を描く練習をしながら
ノートにコンテを書き
原稿用紙に下書きを書き・・・
けれども次第に
「なんかこれじゃない感」が出てきて

それじゃまず一旦、漫画描くことは置いといて
その他の、やりたいと思ったことを
やってみるか!と

ワードやエクセル、簿記や英語
介護の初任者研修やペーパーフラワー
ペーパークラフト・・・
テキスト代やら講習代・受験料・材料費諸々を
自分の貯金を切り崩し
その分が漫画を描く上での
何か自分の実になればと
やっておりました。

・・・・・・が・・・・・・

まぁ・・・色々ごちゃごちゃした思いは
後に記すことにして
結論から言いますと

私にとっての
「絵を描くこと」
「漫画を描くこと」は
単に
「場面緘黙だった昔
それでしか自分を慰めることを
知らなかったから

しがみついていただけで
いまの私は(そして過去の私も)
絵の才能も
漫画を描くための情熱も根気も

全くない!!」

ということに気が付いたのです。

また私は
「自分は場面緘黙でなければ
ちゃんと自分の絵に自信が持てて
人の心を動かすことができる漫画が描けるはず
自分は漫画を描くことが好きで
隠れたスゴイ才能はあるはず」

・・・などという、
学生の頃から密に抱いていた
根拠のない自信や自惚れ・過大な評価を
30代~50代のいままで
無意識ながらにずうっと抱えていた
イタい人間である
と、いうことにも気付き

そうと気づいたら

あの「漫画にしたいと思った過去の落書き」
はじめ、どうしても捨てられなかった
諸々の絵や文字たちを
今度は読み返すことをせずに
どしどしゴミ袋の中に捨てていけたのです。

「さよならさよなら」
「いままでありがとう」

とは、その時の心の呟きでした。

200228
私が働きに行くようになって
ダンナが家事・介護を
かなり積極的にやってくれるようになったな、とかね。


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2020年1月31日 (金)

なんにもしちゃいけない。

さて、まだまだわけのわからない話は
続くのですが、ホントに
「自分が納得したい」
だけの内容になっております。
お読みくださるアナタを
ないがしろにしてしまって
スミマセン。
お気を悪くされるアナタは
今回もお引き取りを・・・
別にかまわんよと思ってくださるアナタ
よろしければお付き合いを・・・


さて、AもBも結局は
「私が勝手に作り上げた虚像」であり
長年、「繊細で何もかもに怯えてしまう」Cが
その虚像たちに支配されていたと
考えるのです。

そうとすると多分、場面緘黙だった頃の私は
内面では、いろんな葛藤が起こっていたでしょう。

小学校低学年くらいまでは
まず、Aだけが
私にいろんな干渉や命令をしていたのかも
と考えます。

「学校では、ちゃんとおとなしくして
先生の言うことをちゃんと聞いて
行儀よくしなさいよ!
ウチでするような、調子に乗ったことや
はしゃぎまわるような恥ずかしいことは
しなさんなよ!
私に恥をかかせるようなことは許さないよ!」と。

もし学校で、ウチでいる時のように
調子に乗って
自分の思うままに振舞ってしまったら
自分は先生に怒られたり
みんなに嫌がられたり
馬鹿にされたり、変な奴と思われたり
するのかもしれない・・・
そうすると、私は先生から罰を受けて、
更に母親に伝えられて
私は母からも叱られて
「そんな子はうちの子じゃない!」
と言われるのかもしれない・・・

無意識ながらに、どんどんと悪い想像をし
Cは怯えていたのかもしれません。

「授業中は、行儀良く先生の話を聞き
ちゃんと勉強に集中し
それ以外は、自分のやりたいことをやって
遊びたいように遊べばいい」

・・・などと、臨機応変な態度などとれないC。
学校の中で、どこまで自制して、
どこまで自分を解放すればいいのかなんて
器用な判断ができないのです。

Aは命令や禁止や抑圧をするだけで
他のことは教えてくれることがなかったからです。


とにかく”学校”の中で叱られないようにするには

自分は何もしないことだ
自分は何もしちゃいけないんだ

それが確かなことだ
それが間違いないことだ

と、無意識ながらに思い込んでしまったのでは?
と思うのです。


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・・・これまでと
似たようなことを言ってるかしら?
何か矛盾したようなことを言ってるかしら?
とか気になって
これまでの記事を読み返したりしてたら
更新の間がちょっと空いちゃいますね。
これからはあまり気にせず
その時その時で思うことを綴っていきます。
何度もクドいこと言ってるかもしれませんが
そこんところはあまり気にせず
お読みくださればと思います。

<近況>
「翔んで埼玉」をレンタルして観たよ。
観てる間中の50代主婦の表情がこちら。
(デ・オウのCMの伊藤英明さんをみてる時の表情と
変わっておりません)

↓↓
200131


いや、面白いっちゃ面白かったんですが
これって、苦笑・・・ですかね。
時々、垣間見える
あの魔夜峰央先生の世界観・・・

マァ・・・♪
実写でこれほど表現できるのね・・・

昔「花とゆめ」で「パタリロ!」読んでた頃を
思い出しましたよ・・・

けど、観た次の日に知ったんだけど
これ2月に地上波で放映するらしいじゃない!
なんだよ・・・50代主婦が
ちょっと恥ずかしい思いしてレンタルしたのに・・・

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2020年1月24日 (金)

私の中の姉。

前回は気持ちのワルいお話をしちゃったけど
気持ちワルついでにもう少し気づいたことを・・・



私・・・
母親の影響をかなり受けていると思いますが
「姉」の影響も同様に受けているのかも、と
今回、はっ!と気づいたんですね。

小さい頃、私はよく姉についてまわりました。
母に求めて得られなかったものを
姉に求めていた部分もあったのかもしれません。

妹を可愛がってくれる
優しくて頼りがいがあって誇れる私のおねぇさん

そういうものを
私は姉に求めていたのだろうと思います。

けれども、実際の姉は私の理想とは違い

思い浮かぶのは、母と同じような怒った顔と
ピシャリと刺さるようなキツイ声と物言い。
遊んでくれる時もありましたが
基本、鬱陶しがられ
私のすること言うことにイラッ!とするのか
よく怒鳴られていました。
私が、
姉の趣味や姉が自分だけ大事にしていたいものに
無理やり加わろうとするのも
忌々しく思っていたことでしょう。

物事を上から冷ややかに見つめ、
愛だの恋だの友情だの
情緒にかかわる一切を
くだらないことばからしいことと一蹴し
自分に関わる何もかもに否定的で
認めることがない姉。

父母に反抗し、ばぁちゃんを嫌い
「うちの家族はいい家族」
と、ウチの大人たちが表面だけ
取り繕おうとするのを嫌悪まるだしで
批判する姉。

私の理想とは違っていましたが
私はそんな姉のことを
尊敬している部分もありました。

母と姉が衝突する度
ハラハラドキドキの不安と恐ろしさが
私を襲いましたが
同時に、母に嫌われるとか捨てられるとか
そっぽを向かれるとか
私と違い、そんなことを恐れもせずに
母親に食って掛かる姉が
私には大きく見えました。

以前の記事にもちらっと例えましたが
「ゴジラ対キングギドラ」
みたいなもんで・・・
びくびくと遠巻きに
そのやりとりを眺めるのみの私は
さしずめ
モスラの幼虫といったところでしょうか。

200124


・・・実際のやりとりは
私が思うほど
壮絶なものではなかったかもしれません。
母であれ姉であれ、「こうであった」と思うのは
私が勝手に作り上げた虚像かも。

勝手に私が幼いころ感じたイメージが
増幅していって
虚像が私の中にAとBになって
居座り続けていたのかもしれません。


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・・・今回の画、資料を見ずに描いた後
実際にネット画像で答え合わせしてみました。
・・・迫力的には雲泥の差でしたが
ビジュアル的にはまぁまぁ・・・
当たらずとも遠からず的な・・・?

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2020年1月20日 (月)

三人くらいいる!

ようこそ、いらっしゃいませ。

前回の
静電気が何故割と大丈夫になったのか
ということを考えてたら
またちょっと気が付いたことがあったので
記させていただきます。

でも・・・
アナタにうまく伝えられるかどうか・・・
引かれちゃうかもしれないけど
もし、「気持ちワルッ!」と思われたら
どうぞ今回はお引き取りを・・・

それでは、いきますよ。



あのですね・・・なんか・・・
気付いたんですが・・・

・・・・・・

私の中に、なんか
三人ぐらい人がいるような
カンジなんですぅゥーーッ!!

ギャアァーーーッ!!
何言ってんの!?
この50代主婦!!
気持ちワルッ!!

・・・ってお思いになりますよね!?
わかります!わかりますよ!!
いやあのねつまり・・・なんて言ったらいいか
多重人格とかそんなことじゃなくて

自分の中に・・・なんていうか

常識的で、「大人としてこうあるべき」と
きっちり型にはまった考えしかしない(A)
いつも斜に構えて皮肉屋で、
人の言うことに反発ばかりする(B)

ただただ(A)と(B)に挟まれて
ビクビクしているだけの(C)

・・・と
分割された三種類のイメージがあるわ
と思ったのよ。

200119

前回の静電気の話にすると

レンタル屋さんのドアに向かう時
「アンタもみんなと同じなんだから大丈夫!
できるって!」
と、上から目線で激励しまくるのは(A)で
ビクビクしていつも躊躇するのは(C)
それを冷ややかに傍観して
「やっぱダメじゃん」とするのが(B)
とすると

スッと克服できた年末
あれは
(A)と(B)には黙っててもらい
(C)ひとりに任せたから
落ち着いてできたのかもしれない
・・・と思ったのね。

私、去年から
「自分の作り直し」をしていくと言っていたけど
これまでは(A)と(B)の部分が育ちすぎてて
(C)の部分が本当に発育不良だなと気づいたのよ。
なので、「作り直し」というか
「育て直し」をするには
その(C)の部分を重点的にってことかな
と・・・。


・・・変な話をしてますよね・・・(~_~;)
それじゃ、いまこの記事を作成してんのは
AなのかBなのかCなのかと考えると
またややこしい話なんだけど

でもね、どっか
このAっていうのは現実の私の「母親」っぽく
Bは「姉」っぽいものがあると
うっすら感じるのよ・・・

もしかして私が実際の母親と姉を模したものを
無意識に心の中で作ってしまって
これまで、それに囚われてしまって
いたのかしら・・・?

やっぱり家族関係が人格形成にも
影響を与えてるのかもしれないとか
この3パターンが
私が「場面緘黙」だったことに
何か関係があるかもしれないとか
またちょっとそのへんについては
考えてみるところです。

・・・今回はあんまり同意を得られるような
話じゃないですね・・・
引かれたアナタにはごめんなさいを・・・
それでも、お読みくださりありがとう。
では、また。

それでも・・・ちょびっとはわかるわ・・・と
思われたアナタ
よろしければポッチリと・・・
↓↓

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あっ、タイトルもじりは
萩尾望都先生の「11人いる!」
タイトルはもう有名ですよね!
ストーリーは・・・
大昔に読んだんだけどなぁ~
どんな話だったっけ?SFだよね!?
10人いるはずが11人いたんだよね!?
(タイトルそのまんま・・・!)

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2020年1月11日 (土)

母親たるもの。(3)

ようこそ、いらっしゃいませ。

昨年からの続きになります。

私は自分の母親に、
何故好意的な感情を持っていないのか?

という自問の答えに迫るにあたり
自分の母親はどのような人なのか?
ということについて考えていきたいと思います。

現在80半ばの母。

そのくらいの年代の人って
戦前に生まれ、戦中に幼児期を過ごし、
戦後の混乱期にティーンエイジャー・・・
って頃なのかな?

その頃の時代背景、家族のあり様も含めて
母はどのように育っていったのかと考えたのよ。

私、父方の両親・親戚関係はまぁまぁわかるけど
母方っていうと、ほとんど知らないのね。

父母もともと東北の人なんだけど
私が生まれてまもなくこっちに引っ越してきたから
東北にいる(いた)であろう
母の父母や兄弟のこと親戚のこと
・・・ほぼ知らないんですよ。
母も話することもなかったですしね。
別に母が実家と何かあったというわけではなく
ホントにただ話題にのぼることがなく
あったとしてもそれは
大人達の中(父・母・ばぁちゃん)で済まされる話で
子供の私たちは蚊帳の外だったのでしょう。

ただ、私が知っていることといえば
母は兄弟が多く、
下から2番目だったということ。
一番下の妹がいるということ。
この母の妹(叔母)とその子供達(従妹)には
小学生の頃、一度会ったことがあり
良くしてもらったことは覚えていますが
それ以外はわかりません。

だから、これから記してみることは
ほぼ私の想像になります。


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<近況>
実は私・・・フフフ・・・
長年の恐怖を、最近ついに克服しましてね・・・

何の恐怖かっていうと

「静電気、
起こるんじゃないか恐怖症ーー!!」


いえね、私これまで何年も
ある特定の場所で起ったり起こらなかったりする
静電気が非常に恐怖だったんですよぅ
だから冬がくると、
そのこともかなりストレスだったんだけど
この度めでたく克服できた
・・・といってもいいんじゃないかくらい
気にならなくなりましたよ!

200110

詳しくは
長くなるんで次回、記事にしますねー!
でも、克服法とかではないから
全然役には立たないお話になると思います。


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