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2020年5月18日 (月)

カメラを止めて!

さて、過去のビデオテープを観ながら
私の胸に去来するものは何だったのか・・・
というお話になります。
よろしければ、お付き合いを・・・


ぶっちゃけて言うと私

当時、ビデオカメラを回すダンナに
不満アリアリだったんですよ・・・

何が不満だったか

ダンナはビデオカメラを回すことによって
「自分は子煩悩である」
「周囲からは良い父親にみえることだろう」
と、勘違いしながら
悦に入っているようなところが
私には透けて見えるような感じがしてたのよ。

そして
「ホームビデオを撮る父親」
という役割を自らに与えることによって
他のやるべきことは一切免除になる
と、勝手に判断しているようなところがね・・・。

そしてまたそのころの私も

後々まで記録として残ってしまう「それ」に
よくないものを撮られてはイカン・・・と
イラムカを表面に出さずに
撮られ続けていたことと

何も知らない無垢な子供達との対比が

何て言ったらいいのかわからないけど
そういうことが思い出されての
イライラありムカムカあり
また辛く切なくもあり
胸が締め付けられるようなものもありで・・・

見続けているのが、
たまらなくなっていたんですよね・・・

でも、ダンナ自身は全くそんなことは
考えていないのよね、多分。
幼い頃の子供達をただ懐かしく眺め
昔の頃の家や父母、私や自分の若い姿を眺め
「やはりあの頃、
こういうものを撮っておいてよかった」と
思うのみなのでしょう。

あの頃のダンナ・・・
ただ仕事に行って金を稼いでくることが
自分の役割で
それを果たせばそれですべてがOKであると

「子供を育てること」自体は
自分の役割ではない、と
それは女親の役割である、と

思い込める単純さはなんだったんだろう?

休みの日に
自分が車を運転して、
妻と子供達をどこかへ「運ぶ」のが
「良い」父親。
ビデオカメラや写真を撮って
記録として家族の姿を残しておいてやるのが
「良い」父親。
父親として、自分はちゃんと役割を果たしていると
疑いももたないのが
こちらからすると不思議で不満だったのよ・・・

いつも、私と子供達の空間から一歩も二歩も
距離を置いているダンナ。
第三者的立場にいるダンナ。


ダラダラと
ビデオカメラを回すのはもうやめて!

子供達ともう少し関わってよ!
もう少し、育児に協力してよ!!

28年前の
円満な家庭であるようなフリをして
心の中でそんなことを叫んでいた自分の姿を
「どうだ、懐かしいだろう」
とばかりに見せつけられるのは
今更、何をどうすることもできないのに
ただ塞がっていたものを
掘り返されるだけのようで
苦々しいばかりなのですよ・・・


・・・まぁ、そんなことが
最近ありましたよというお話でした。
気持ちをここにぶちまけて
少しスッキリしましたよ。
お読みくださりありがとう。
それでは、また。

今回の画・・・
テープの中の私と娘を描くといいかしらと思ったんだけど
描こうとすると、なんか気分が沈んでしまって・・・
そこでブログにはこれまであまり登場することのなかった
義父を描いてみました。
優しく穏やかな義父でしたよ・・・。
↓↓
200518


ひょっとして同じような不満をかかえながら
家事育児をこなされていた奥様って
多いんじゃないかしら~?
「そうそう!私もよ!」と共感された奥様
よろしければ、どちらでもポッチリと。
↓↓


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