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2019年12月 7日 (土)

父と娘と母親と。(13)

さて、「父と娘と母親と。」として
長々と昔話をさせていただいてますが
そのきっかけとなったのが
最初に記しております

数か月前の婦人科の診察。

それを受けたときに

「あぁ、やっぱり女の先生の方が
なんか安心するなぁ
そもそもなんで婦人科なのに
女の先生が少ないんだろう?」

ってことにふと疑問を持ったところから始まって

「女性特有の体や心を診るのに、
女性医師がもっといるのが自然じゃないのかなぁ?
私って、これまで医師っていうのは男性で
”女性”の領域も男性医師が診るのが
もう刷り込みのように
当然のものだと思ってたんだなぁ」

(個人の気持ちの問題ですよ。
婦人科の男性医師を批判している話では
決してありません)
って気が付いて

そして、更に

「これまで自分の”女性としての体”について
無関心・無頓着であったなぁ」

ってことにも気付いたことからでした。



これまでの自分は女性特有の身体状況を
男性医師に診てもらわなければならない
違和感・羞恥心・不快感・・・
そんな感情は
”(女性医師がいないのだから)仕方のない事”
”(男性医師に対し)失礼なこと”だから
自分ごときがそんなことを思うことすらいけない、と
自分の率直な感情を押し殺していたんだなとも気付き

何故自分はそんな風に、
女性として自然な感情を持つ自分自身すら
無視し、無関心になり、無頓着であったのかと考えると


”それは私の子供のころからの育てられ方と
私と父との関係・私と母との関係・父と母との関係
と深いかかわりがあるのでは?”
と思ったからでしたが

こうして、昔から気になっていたことを思い出して
向き合って文章にしてみると
なるほど、こういったところから
そうなったのかもなと発見できて
一人納得できてきました。

父親が
”いつまでも自分を慕う子供のままでいてほしい”
と願い
娘を一人前の人格として認めることが困難だったこと。
けれども反面、年ごろの娘に対する興味本位の
からかいやおふざけが過ぎたこと。
母親が、娘の女性としての内面の成長に、
無関心・無頓着だったこと。
家の中では、
面倒を起こさず”子供”は親の言うことを聞いていればよい。
くらいに子供を軽んじていたこと・・・等々

そんな父母の感情を勝手に察した私が
いつまでも、
女性としての自分に自信を持つことができず
「自分ごときが女を主張する資格なんてない」のだと
無意識ながらに感じ
家の中がモメないように「子供」として存在すること
イヤだけどイヤだとも思わないように
我慢してるけど我慢してないように
自分の本当の気持ちさえ押し殺してきた結果なのかなぁと
思い至った次第です。

なかなか長いだけの文章下手で
お読みくださるアナタに
どれだけ伝えることができているのか・・・
自分自身は、考えながら記事にしてると
いままでモヤモヤしてた頭の中が
整理整頓できてきて
スッキリしたものは感じるのですが・・・

自己満足でやらせてもらってます
それでも、お寄りくださるアナタにありがとうを。

それでは、また。

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