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2019年11月14日 (木)

父と娘と母親と。(1)

ようこそ、いらっしゃいませ。

この間、
「愛着障害~子ども時代を引きずる人々~」
(岡田尊司著)
を読んだんですが
「あっこれだ!」と思ったのよ。
私が、子供の時から感じてた
言葉にできないモヤモヤの正体が
「愛着障害」にあるのではないかと。

「愛着障害」と「場面緘黙」に
何か繋がりはあるだろうか?
と、考えたんですが
まだなんともはっきりとは
自分の中で結論がでてませんので
これからもうちょっと、考えてみたいと思います。
ただ自分が「愛着障害」であったのは
間違いないかな・・・と。

(自分はその中の
”恐れ・回避型愛着スタイル”が近いようでした)


同じように「場面緘黙」で悩まれた方
現在悩まれておられる方は、「愛着障害」について
どう思われるのだろう・・・?と
気になりました。
もし、どなたかブログで感想など記されている方が
おられましたら、お尋ねしたいところです。


さて、ここから今回の記事になりますが

ここ3記事ほど「女性」と「検診」について
記していたらまた色々と
気づいたことがありまして・・・。

また過去のことをたらたら綴りますが
よろしければお付き合いを・・・


「女性特有の体の状態を診てもらうに
やはり私は女医さんの方が安心する」
とか
「何か考えてみれば女性にとって
結構無体なことだけど、
そういうものだと
受け入れてしまうことが多いんだな」

とか
「(女性としての)自分の体のことに
自分自身がいままで無頓着だったわ」
とかいうのは、実は私
文章にしてみて初めて気づいたことだったのよ。


「そういうものだという思いこみ」
「自分自身の体に対する無関心」

よくよく考えてみるとそれって・・・

やはり、私の幼少期からの育てられ方にあって
それは、母親だけでなく、父親からのものも
母と父との関係にもあるんじゃないかと
いま、思い出して言葉にしてみます。

・・・しばらく続く内容になるかな・・・
いつも1記事がダラダラ長くなるから
これから読みやすさ重視で
「大きな文字で短めに
をコンセプトに
作成していきたいと思います。

お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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<近況>
最近、所要で都会に出たのですが・・・

191114

いつも過疎の田舎で
ひっそり暮らしているもんでねぇ・・・





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