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2019年10月 7日 (月)

愛してないと知ってくれ。

ようこそ、いらっしゃいませ。

前回は
「母は私のことを愛していない」
と、子供の頃から無意識に
感じていたのだろう
ということを記しましたが

50半ばの現在
それをはっきりと言葉で記して
こうして向き合ってみているのですが

特に・・・今となっては
それほどショックなことではないのです。

お前は母親に愛されていないよ

と頭の中の私が言ったとしても

・・・まぁ、そらそうだろうな・・・

と、心の自分が”そんなもんだろう”と
思えるのです。

なので、母が私を愛してくれなかったと
いまさら責めるつもりなどありません。

けれども昔を思い返し、
あれは問題だよなと思うことは

母自身が
「母親は子供を愛しているものだ」
「自分が間違っているなどあるはずがない」

という思い込みをしていることだったな、と。
これが子供が混乱する原因なのではないかと
思うのです。

前回にも記しましたが
私は母に虐待を受けたことはありません。
ちゃんと、衣食住に困ることのない
表面上はなんの不自由のない生活を
送らせてもらいました。

でも・・・子供の立場でこんなことを
言うのもはばかられるのですが・・・

子供がまともに育ったのは
親である自分の愛情の賜物だ
と、思っているとしたらそれは違っていて
両親は、ちゃんと私たちを
親の責任を持って
育ててくれたからだと思うのです
そのことについて
私は有難いと感謝していますが
でも、”ちゃんと育った”
と思うのであれば
親に迷惑をかけないようにしなければと必死だった
私の頑張りを少しは認めてほしいものだとも
思うのです。


”子供達がまずまず普通の人間になれたのは
私の子育てが良かったからだ”

と、何かこう・・・
子供達が自分の作品か何かであるかのような

こういう風に出来上がったのは
自分の手柄である

と、時々垣間見える誇らしさ・・・
子供を誇るというより
そういう子供に育てた自分を誇る
ような雰囲気を母から読み取ってしまうことが
自分にとっては、とてもイヤな気分に
なるものでした。

けれどもそのくせ
母親の意に沿わないことをしてしまった時に
「なんでこの子はこうなのかしら!?」
と、何か自分には関係ないことのような
これは私の方の血筋じゃないわぁ・・・と
呆れたような不思議そうな顔をされるのも
モヤモヤした気になりました。

おかぁさん
おかぁさんはわたしをあいしてないんだよ?
おかぁさんはわたしのことを
なにもわかってないんだよ?
おかぁさんはわたしが学校で
どんな思いをしていたか知らない。
おかぁさんはわたしが
いつも死にたいと思っていたことを知らない。

知らないままに、
子供のことはすべてわかっていると
わたしの本当を見ようとしなかったおかぁさん。


そんなことはもういまさらいいんだけれど
でも、おかぁさんは自分を知った方がいいみたい。

おかぁさんはね
きっと人を愛せない人だと思うのよ。
自分以上には、人を大事に思えない人なのよ。
自分は間違ったことはしてないと
思い込めてしまう人なのよ。
自分はちょっと家族より高いところにいて
おばぁちゃんや、おとうさん、
わたしたち子供を
いつも下に見てしまう人なのよ。


・・・色々考えがわいてきて
ホントにまとまんない文章になって
なかなか1記事に時間がかかるんですよね・・・

ご訪問くださるアナタにありがとうを。
それでは、また。

今回の画はちょっとマジメに・・・
↓↓
191006_20191006235601

クリスタのペンツールを色々試して
どれが一番毛布の素材感が出るかなぁとか
シワってどうやって陰影つけたら
シワっぽくなるのかなぁとか考えて
割と時間かけて描いてみましたが
・・・うぅん・・・
まず、今回はこの程度ということで・・・
じわ・・・じわ・・・と
上手くなっていけると・・・思います


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あっ、今回のタイトルもじりは
ドラマ「愛していると言ってくれ」
1995年 主演:豊川悦司・常盤貴子
脚本:北川悦吏子
大ヒットドラマでしたねぇ~
再放送で観ましたよ
トヨエツ良いですねぇ~・・・


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