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2019年9月 7日 (土)

わたしはいい子。(6)

一年生から六年生まで
学年が変わるたび先生も変わり
クラスメートも変わっていきましたが

教室の中で、私の
「みんなとじぶんは何かが違う」
という違和感と
「なんだかみんながこわい・・・」
という恐怖感は
一貫してて、学年が変わっても
消えることはありませんでした。
ほとんど自分からは喋ることもなく
ほとんど自分の席から動かないということも・・・

そんな私が
「教室という箱の中のルール」で
「こうしなければいけない」と
頑なに思っていたことがあります。
それは

「せんせいのいうことをきく」
「せんせいをおこらせない」

ということです

まず

「こどもはがっこうにいくもの」

というのは、おとなもこどもも
疑問をもつことなどありえない
絶対的な決まり事です。


家の中での私は
姑関係に頭を悩ませていた母の
「子供らにまで面倒をかけられたくない」
「厄介事をもちこまれたくない」
そういう気持ちを
子供ながらに(無意識ですが)感じていたので
母の怒りをかうことのないよう
母がヒステリックにならないよう
私は母の言いつけを守る
「いい子」でした。

そして子供達が学校に行くようになった時の
母の気持ちは、
「ちゃんと学校に休まずに行く」こと
「ちゃんと先生の言うことをきいて勉強すること」
「学校で面倒を起こさないこと」
であって、望みというよりそれは当然のことであると
私は感じ取ったのかもと思います。

そして学校の先生たちは
どの先生であっても
授業中は、生徒たちに
ちゃんと態度良く
話を聞いてほしいと思っている。
どの生徒にも、
自分の言うことを聞く子であってほしいし
面倒をかける生徒は、嫌だと思っている。

と、どの先生も口には出してませんが
そんな風に思っていると、
私は(無意識ですが)
感じてしまったのだと思います。


「学校の中の、
教室という絶対的な箱の中での
子供のとるべき態度」
を、
親もそう思っているし
先生もそう思っている
なので、ちゃんと先生のいうことを聞いて
いい子でいなくちゃいけない。
せんせいをおこらせないように
してなくちゃいけない。
がっこうでいい子にしていないと
おかあさんにしかられる・・・

私は毎日そんな思いで学校に行って
教室で自分を押し殺して緊張の日々を送っている

それなのに・・・

ほかの子たちは、
そんなことを考えもしないのかな?
なんでこの箱の中で
そんなに自由に振舞えるんだろう?
言いたいことを言って
やりたいことをやっている

まるで、あのドッジボールに似ています。

ボールに当たることなどそれほど恐れてはおらず
それから逃げたり、受け止めたり、当たったりする
ゲーム自体が面白い・楽しいと感じる子達や
そのゲームの中、
強い球を受けたり、投げたりが当たり前で
共同で戦術を考えたりもする
一段レベルの高い子達もいる。

なのに私は
ボールに当たることに極端に怯え
コートの隅っこを
当たらないようにウロウロしてるだけ。
ただただ、
早くゲームが終わらないか、
時間が過ぎないかと
祈るだけです。

同じ箱の中
同じ年の子達が
同じ時間の中
同じことをしているのに

「先生を怒らせないように
授業をただじっときくこと
親を怒らせないように
学校にちゃんと行くこと」

それだけの私と

「学校というものに特段の恐れもなく、
そこで自由に自己表現できる」
子達とでは

一年生の始まりは
それほど差がなくても
学年が上がるにしたがって
どんどん・どんどんと差が
広がってくるのです。

成長しない私。
成長していくみんな。

”私はただ単に
大人の都合のよい「いい子」になっていただけ。
「いい子」でいることになんの意味もない”

わかってくるようになっても
それでも
何故だか私はいつまでも
緘黙状態のままだったのです。


・・・一応、このタイトルでは
ここまでということで・・・

お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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場面緘黙のこと」カテゴリの記事

コメント

ふるまん様は 本当に周りの人の気持ちを推し量れる 素晴らしい子供だったのですね
お話を読んでいて
どうしても自分の子供時代の事を考えてしまいました
私の事を書かせていただきますね

私はどんな子供だったか
何の配慮も思考もなく 思いやりも憧れも‥本当に何も考えてはいなかったと思います
『その時だけ』って子供です
高学年 中学一年まで ずっとそんな子供でした
友達と話していて とてもズレを感じていました
それについて深く考える事も無く
寝るとリセットされ また新たな上書き
その事自体を掘り下げて考える事も無かったと思います
学校は 好き勝手出来る場所でした
家庭では義母と2人きりが多く 雰囲気は悪くなかったけど 漫画読んだり描いたりしてました
私にとっては学校も公園も『家の外』という認識しか無かった

投稿: 美香子 | 2019年9月22日 (日) 08時11分

はっきり変わったのは
中2から
話せなくなりました
何かを訊かれても 無言で考える間が長くて 義母はイライラしたと思います
無言の間に 言葉を選びすぎて結局言い出せない タイミングも外してしまう そんな感じで 高校まで

父は漁師で一度漁に出ると1週間〜2週間不在 帰ると2日程家にいて また不在
私と兄と義母との生活に あまり父は関わってませんでしたし
浦島太郎感溢れる発言で私はよく言い合いの喧嘩してました

投稿: 美香子 | 2019年9月22日 (日) 08時19分

>美香子さん
いえその・・・人がなんとなくこんなことを
考えてるんじゃないかと
ビクビクしてただけで・・・。
ホントに「人の気持ちを推し量れて」
その人に合った何かをしてあげれる・・・
というなら「素晴らしい子供」なんでしょうけど、
そんなんじゃないんですよ・・・

美香子さんも、生きづらい学生時代を
お過ごしだったんですね。
こちらが軽々しく慰めを言うことはできませんが、
「言葉を選び過ぎて話せなくなる」
という感覚は、少しわかる気がします。

投稿: ふるまん | 2019年9月22日 (日) 16時44分

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