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2019年9月

2019年9月29日 (日)

ばちあたり。

ようこそ、いらっしゃいませ。

今回は「私の中の無意識が。」(2019.9.11)
の続きになります。
風邪気味になる前に作成したものですが
よろしければ、お付き合いを・・・
↓↓


けれども

私が、無意識の中で
「親や先生の言うことをきく
いい子でいなきゃいけない」
とすることも
「素の自分を出したらまずい」
とすることも

結局のところ深い深い根っこの部分で

「自分は母親に愛されていない」

と、勘づいてしまっていることが
そもそもの原因なのかもしれません。



「母親に愛されていないと
勘づいている自分を押し込めながら
言うことをきかなきゃいけない
素の自分を出しちゃいけない
自分が母親に愛されてない子供だなんて
人にしられちゃいけない
愛されてないと思っていることも
知られちゃいけない
愛されているのだと思わなくちゃいけない」

ややこしい
「しなくちゃいけない」
「しちゃいけない」事項が自分の中に

たくさんあったからではないか・・・と。

190928


確かに私は
母に虐待などは受けたことはありません。
衣食住に不自由させられたこともありません。
お小遣いだってちゃんともらっていましたし
欲しいものを買ってもらったことも
やりたいと言ったことをさせてもらったことも
ありました。

頭の中で私が考えます

「それが子供を愛している証拠だよ」

私の心が思います。

・・・そうなの・・・?

「親が子供を愛していなければ、
おまえはいまここでこうして暮らせていないよ」

・・・そうなのかなぁ・・・?

「親が愛してくれることに感謝をしないといけない
愛されてないなんて思うのは ばちあたりだ」

・・・でも、おかぁさんはこわい。
おかぁさんは、近寄りがたいよ。
おかぁさんは、冷たくてぴりぴりしてる。
おかぁさんは、
私が毎日不安でいることに気付かない。

私がぐずぐずしてると不機嫌になるよ。
泣いていたって
「どうしたの?大丈夫?」と
顔をのぞいて心配されたことはない。
そばにいたっておかぁさんは私を見ない。
おかぁさんは
”私”自身には興味がないみたい・・・

どこのおかぁさんもそうなのかなぁ・・・?

「おまえは自分をかわいそうな子だと思いたいだけ
悲劇のヒロインになって自分に酔いたいだけ
こんなにしてもらっているのに
母親の愛情がわからない
未熟で恩知らずな ばちあたり」




私が他の子をこわいと思う理由が
なんとなくわかってきました。

ほかの子たちは
「自分は親に愛されている」ことを
感じられている子達
思い込めている子達で
だから、私にはない「自信」というものが
備わっているのです。
「自分が自分でいることを許されている」
「自分はここにいていい」と
知っている子達なのです。
だから、自分の入る箱が
あれこれと変わったとしても
自分というものがゆるぎないから
それほど不安や恐れがないのです。
存在を許されているという土台があるから
自分の思うままに振舞えるのです。

私には、その子たちがその土台の上に立ち
自由奔放にふるまうことがこわい。
それが無神経に・無遠慮に私に向かってきて
私を「変だ」「おかしい」「まちがってる」と
容赦なく判断されるのがこわいのだ。


と、

こんなところではないかと
いまは思っているのですが・・・

↑↑
ここまでが、風邪気味前に記したものですが
あれからまた
追加されて思うことも出てきました。
それについては、また次回に。
お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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2019年9月26日 (木)

番は回って来なかった。

ようこそ、いらっしゃいませ。

前回、いよいよ私が風邪で寝込む番がやって来る
てなことを記し
一週間くらいは記事をアップすることができまい
と思っていたのですが・・・

・・・んっ?・・・あれっ?

なんと、私の予想は外れ

現在、体調は良好でございますよ!
咳もピッタリと止み
喉の痛みもなし、鼻水も出ませんことよ!

どうも、悪化の一途を辿るであろうと
前回の記事を急いで作成していた時が
私の具合の悪さのピークだったようです。

マァ、私ったら・・・なんて丈夫なの!?

いや、有難いことですよ。
これで、以前から入れていた予定とかも
キャンセルせずに済みそうですし
よかった、よかった!
・・・ということで

けど前回、私の病中のダンナの献身具合を
ご報告しますとしておりましたが
そっちの方がかなわなかったのが
ちょっとばかり残念です。

私としても知りたかったんですがね
ダンナが数年前より
どの程度
妻をおもんぱかれるようになったのかって
いうことを・・・

もし数年前と、一ミリも変化がなかったら
これはもう離婚案件だろ!
と思っていたのですが

いやまぁさすがに
10ミリくらいの変化はあるだろうと
期待もしておりましたよ・・・

確認はまた、いつかの次回ということに。
とにかくいまは
皆、ほぼほぼ元気になりまして
いつもと変わらぬ日常を送っておりますよ。

190926

取り急ぎのご報告でした。
お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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2019年9月23日 (月)

私の番ですかい!?

今回の記事は近況を・・・

現在、お義母様とダンナと私

順番に風邪ひいております。

まずはお義母様の、
痰が絡んだような咳から始まり
次第に熱が上がってくるという・・・
ディにもショートにも行けず
5日ほどウチにおりましたよ。
まぁ、私も仕事をしてませんから
ちゃんと介抱できたので
いいのですが・・・

お義母様の熱が下がって
食欲も戻ってきたころに

今度はダンナ・・・

やはり、喉が痛ぇやらなんやら
言ってましたが
数日前
とうとう結構な高熱が出てまいりまして
病院に連れて行ったり
ポカリやテイッシュを買いに行ったり
お粥を作ったりと
甲斐甲斐しく看病いたしましたよ。

そして、現在ヤマ場も通りこし
熱も下がり食欲も出てまいりました。
3日ぶりの風呂にも
やっと入れると言っておりますし
はーやれやれ、と・・・

ほっとしたのも束の間・・・

今度は私の番のようでございますよ。

喉痛ぇ・・・体ダリぃ・・・

お義母様とダンナの
初期症状とおんなじ道を現在歩んでおります。
多分明日・明後日に熱が出ることと思います。

いま我が家は

お義母様の風邪のなごり咳
ダンナの風邪治りかけ咳
私の風邪悪化前咳

と、3種類の咳が
家じゅうに響き渡って
汚ねぇハーモニーを奏でておりますよ・・・

190923


さて、風邪というと私が思い出す

数年前、私が40度の熱を出したにもかかわらず
ダンナは同年の人たちとの忘年会に
フツーに出て行き、お義母様の介護を私にさせたまま
2次会まで行き、午前2時過ぎに帰ってきたという
正に鬼畜の所業を平然と行った過去がありますが
「ジャパニーズ・サッスル!」(2016.12.30)

あれから時は流れて
ダンナも少しは「妻の気持ち」「介護人の気持ち」を
汲み取れるようになっているのではと思うのです。

数日後、私が高熱出してもだえ苦しんでいるとき
どのくらいの心配をしてくれるものか
どのくらいの看病をしてくれるものか
どのくらい(お義母様の)介護をしてくれるものかと
ちょいと期待もしておりますよ。

それでは、風邪が治りましたらまた
どのような状況であったか
ご報告したいと思います。

季節の変わり目
アナタもお体に気を付けて。


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今回のタイトルもじり
今期のドラマで結構評判になりましたね。
「あなたの番です」

・・・観てなかったのよ~・・・
残念~・・・!

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2019年9月22日 (日)

それじゃあ、これは!?

ようこそ、いらっしゃいませ。

前回記しました
「共感性羞恥」
これは
私が子供の頃から感じていた
「他人の羞恥等を自分のものとして感じてしまい
いたたまれなくなる状態」
に、ついている名前なのだ!
とネットで発見し、
ちょっと感動してしまったのですが
その勢いで

「それじゃあ、”この感覚”にも
名前があるのだろうか!?」

と、もうひとつ私が昔からもつ
「困った状態」についても
ネットで調べてみましたよ、というお話を。

あのね、
普通に生活してて突発的に
過去の恥ずかしい出来事とか
失敗した出来事とか
あるいは、別にそれほど気に病むことでも
なさそうなんだけど
「あぁ!あんなこと言っちゃった」とか
「あんな態度とっちゃった」とか
コトの大小にかかわらず
パッと突然に思い出して
「ああっ!」やら「イヤッ!」やらと
声が出ちゃったり
頭をブルブル振っちゃったり
・・・してしまう状態。

家でも外でもなっちゃうので
困るのよ。
人の目がある時は気を張って、
声が出かけたら
咳払いとかしてごまかすけど
家で家事してるときなんか急に
「チイッ!」とか「くそっ!」とか
荒っぽい言葉も出ちゃうから
自分でもイヤなんですよ・・・

この状態にも名前があるのかどうかネットで
調べてみたところ・・・

・・・あら・・・♪

いるじゃない!いるじゃないの~!!
私と同じ状態になる人達が~!

あぁ良かったわ
私だけじゃなかったのね・・・。

でも、この状態について
「これ」っていう名前は
ついてないようね・・・
そして、こうすれば治るという方法も
特にないような・・・

各々で折り合いを
つけていくしかなさそうですね・・・


さて、今回思ったことなんだけど
自分が昔から
”些細に思えるけど、ちょっと困ってる状態”
に、名前がついていてもいなくても
「他にも悩んでいる人がいるんだなぁ」
ってわかったことと
もう一つ
「悩んでいるって言っちゃってもいいんだ」
ってわかったことが
自分にとっては収穫だったかな・・・。

っていうのも
この記事記してる途中でふっと思い出したことが
あったのよ
↓↓
190922

幼稚園に入る前だったから
3つか4つか・・・って頃だったかなぁ
この頃から、私は色んなことが
不安になる子供だったのかもしれなくて
親もいちいち子供にこんな細かい事
めそめそと訴えられて
うっとおしかったかもしれないけど
ウチの母親・・・ホントになんでも
怒ったように物言う人だったなぁ・・・と。
だから「こんなこと言ったら怒られるかも」
って、次第に心配事も溜め込む癖が
ついちゃってたかもしれないって思ってね。
でも、
「自分の気持ちが受け止めてもらえない」
「些細なことと取り合ってもらえない」
「不機嫌や迷惑顔で対応される」
子供の頃からそんな状態が続くと
そうなっちゃうのも当たり前かも。

子供に対して
「肯定・受容・尊重」することって
親として大切なことなんではないかと
なんかそんな大きなことまで
今回のことで考えてしまいましたよ。

・・・というお話でした。
お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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2019年9月19日 (木)

これよ!これなのよ!!

ようこそ、いらっしゃいませ。

数日前、ネットで色々言葉の意味を調べていたら

「んっ!?これなんだろう?」

って、気になるワードが出て来たんですよ。

「共感性羞恥」

・・・なんだろう、これ・・・

物のついでに調べてみたところ・・・

「共感性羞恥」
人が怒られたり、
恥をかくような場面を見たときに、
まるで自分が怒られたり
恥をかいているように感じて
いたたまれない気持ちになる

・・・というような状態

例えば、テレビのドッキリ番組で
ターゲットの人が
ちょっとヒドい目にあわされそうになると、
なにやら見ていられなくって
チャンネル替えちゃうとか

これ読んで私

「あー!そそそそそ!!
私もそう!そうなのよ!!」

と。

きっと私の「テレビの生放送が苦手」
っていうのもそれだと思うのよ。
生放送って、編集がきかないじゃないですか。
そんな中
出演者の人同士が
なにかしらちぐはぐな受け答えをしたら
どうしようとか
芸人さんのウケを狙ったコメントが
ダダすべりしたらどうしようとか
素人さんがいきなり振られて、
緊張してうまく話せなかったらどうしようとか
ほんとに画面の向こうの他人事なんだけど
なんか微妙な空気になると
いたたまれなくなって観ていられなくなるのよ。

以前の記事にも記したけど
「存在の耐えられないアノ間」(2019.6.17)

結局あれらも、
その「共感性羞恥」の延長線上にあるようなものだと
思うのよ。

病気とかではなく、
感受性が高いゆえに起こる現象らしいですね。
10人に一人くらいと言われているとか・・・

そうかぁ~、このモヤモヤしたいたたまれない気持ちにも
ちゃんと名前がついているのね。
それでもって、他にもこんな気持ちを持っている人たちが
いるのねと
ちょっとほっとして
「あぁ・・・これでもいいんだ・・・」
って思えてよかったなぁと。

ちょっと気持ちが楽になりましたよというお話でした。
お読みくださりありがとう。それでは、また。

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子供の頃は、このアニメの主人公に
いたたまれない気持ちにさせられましたよ・・・
↓↓
190917

「新・巨人の星」はあんまり観てた覚えがないんだけど
あれで花形君と明子姉ちゃんって
結婚してたじゃないですか。
いまなら、その二人のなれそめとか
結婚に至るまで、そして結婚してからの嫁・姑の
ゴタゴタ・ドロドロが
あったやらなかったやらをアニメにしてもらえば
共感性羞恥なしに
食い入るように観ると思います。



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2019年9月11日 (水)

私の中の無意識が。

自分がどうして学生時代
場面緘黙だったのかと
50代のいま、
このように考えてみているのですが

はじめに言っていた
「HSP」であるのかもしれないことも
原因になっていると思います
自分がどうしたいかということより先に
親や先生が、何をこちらに求めているかを
無意識に感じ取ってしまって
それに沿わないと
親に叱られる、先生に怒られると
極度に緊張して
行き過ぎた反応が緘黙という状態に
なったのではないか・・・とか・・・。

でも、ちょっとそれだけではないのかも・・・
と思っていて

考えているうちまた思いついたことなのですが

私は学校ではいつも
「家にいるときのように、
ちゃんとお喋りができたら
公園にいるときのように、
楽しく体を動かして
みんなといろんな遊びができたら」
と願っていました。
本当にだんまり状態から解放されたいと
思っていたのです。
意識的には本当にそう思っていたのですが・・・

その奥の自分の無意識のほうで

「ホントの自分を出したらまずい」

と感じていたのではないかとも思うのです。

なぜなら・・・

私は
大人の言うことをきくだけの「いい子」
にはなれますが
本当の「いい子」ではないからです。
家での私、公園での私は
単なる
「明るく元気な子供らしい子供」
ではなく
教室で集団生活をするとなったら
きっと何かを「やらかす」子供であるのでは?
「調子乗り」な私は
空気を読まずに行動したり発言したりして
みんなを不快にさせたり
怒らせたり
嫌われたりするのでは?

そんな風に
「素の自分」も
みんなに受け入れられない人間であると
無意識の自分は勘づいていたのではないか
そんなことを思ったりもするのです。

確かに、いま考えてみると
子供の頃の「素の自分」は
結構イヤな面もあった子供だったと思うのです。
姉たちの年上グループに入れてもらいたがり
ついてまわったり、同じことをしたがって
うっとおしがられたこともありました。
年下の子には、やさしくなく
特に自己主張をはっきりする子は虫が好かなくて
悪口を言ったりしてました。
妹に対しても
意地悪なことをした時期もありました。

けれども
ひょっとして、子供というものは誰でも
それぞれに子供特有の・・・
なんていったらいいか
「子供ながらの狡さ」?とか
「子供ながらのいやらしさ」?
「子供ながらの無遠慮さ・無神経さ」?
みたいなものがあって
そういうものをあけすけに出しながら
人と関わるうちに経験から
「こういうところはまずいぞ」と
自分の良くない部分を意識的に感じ取って
自分自身で矯正しながら
成長していくものなのかもしれませんが

私の場合は、先んじて無意識が
脅すように知らせていたのかも

「そんな自分を学校で出したらまずいぞ
もし、素の自分を出したらおまえは
逃げ出せない箱の中で
クラスメートからも先生からも
嫌がられて、嫌われて、
いじめにあったりするんだぞ
おまえはそんな子供なんだぞ」

「だから黙っていれば間違いはない
何もしなければ、何も起こらない
嫌われることもなければ
いじめられることもない」

「そうすれば、親や先生の手を煩わせる子供に
なることもない」

・・・・・・


「親や先生」のためいい子でいなきゃいけない
「素の自分」を出したらいけない

二重ロックをかけたような状態で
あったのではないかと思うのですが・・・

たらたらと、とりとめない話をしています。
まだ続きますが、ひとまずここまでで。
お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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あっ、近況ですが・・・
↓↓
190911
ほかにも
「一緒に暮らそう・・・俺、正社員になる」
「報告があります・・・俺、正社員になります」
とかいうやつね。
毎回、おいおい・・・と思うのですがまぁ・・・
カワイイからいっか・・・


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2019年9月 7日 (土)

わたしはいい子。(6)

一年生から六年生まで
学年が変わるたび先生も変わり
クラスメートも変わっていきましたが

教室の中で、私の
「みんなとじぶんは何かが違う」
という違和感と
「なんだかみんながこわい・・・」
という恐怖感は
一貫してて、学年が変わっても
消えることはありませんでした。
ほとんど自分からは喋ることもなく
ほとんど自分の席から動かないということも・・・

そんな私が
「教室という箱の中のルール」で
「こうしなければいけない」と
頑なに思っていたことがあります。
それは

「せんせいのいうことをきく」
「せんせいをおこらせない」

ということです

まず

「こどもはがっこうにいくもの」

というのは、おとなもこどもも
疑問をもつことなどありえない
絶対的な決まり事です。


家の中での私は
姑関係に頭を悩ませていた母の
「子供らにまで面倒をかけられたくない」
「厄介事をもちこまれたくない」
そういう気持ちを
子供ながらに(無意識ですが)感じていたので
母の怒りをかうことのないよう
母がヒステリックにならないよう
私は母の言いつけを守る
「いい子」でした。

そして子供達が学校に行くようになった時の
母の気持ちは、
「ちゃんと学校に休まずに行く」こと
「ちゃんと先生の言うことをきいて勉強すること」
「学校で面倒を起こさないこと」
であって、望みというよりそれは当然のことであると
私は感じ取ったのかもと思います。

そして学校の先生たちは
どの先生であっても
授業中は、生徒たちに
ちゃんと態度良く
話を聞いてほしいと思っている。
どの生徒にも、
自分の言うことを聞く子であってほしいし
面倒をかける生徒は、嫌だと思っている。

と、どの先生も口には出してませんが
そんな風に思っていると、
私は(無意識ですが)
感じてしまったのだと思います。


「学校の中の、
教室という絶対的な箱の中での
子供のとるべき態度」
を、
親もそう思っているし
先生もそう思っている
なので、ちゃんと先生のいうことを聞いて
いい子でいなくちゃいけない。
せんせいをおこらせないように
してなくちゃいけない。
がっこうでいい子にしていないと
おかあさんにしかられる・・・

私は毎日そんな思いで学校に行って
教室で自分を押し殺して緊張の日々を送っている

それなのに・・・

ほかの子たちは、
そんなことを考えもしないのかな?
なんでこの箱の中で
そんなに自由に振舞えるんだろう?
言いたいことを言って
やりたいことをやっている

まるで、あのドッジボールに似ています。

ボールに当たることなどそれほど恐れてはおらず
それから逃げたり、受け止めたり、当たったりする
ゲーム自体が面白い・楽しいと感じる子達や
そのゲームの中、
強い球を受けたり、投げたりが当たり前で
共同で戦術を考えたりもする
一段レベルの高い子達もいる。

なのに私は
ボールに当たることに極端に怯え
コートの隅っこを
当たらないようにウロウロしてるだけ。
ただただ、
早くゲームが終わらないか、
時間が過ぎないかと
祈るだけです。

同じ箱の中
同じ年の子達が
同じ時間の中
同じことをしているのに

「先生を怒らせないように
授業をただじっときくこと
親を怒らせないように
学校にちゃんと行くこと」

それだけの私と

「学校というものに特段の恐れもなく、
そこで自由に自己表現できる」
子達とでは

一年生の始まりは
それほど差がなくても
学年が上がるにしたがって
どんどん・どんどんと差が
広がってくるのです。

成長しない私。
成長していくみんな。

”私はただ単に
大人の都合のよい「いい子」になっていただけ。
「いい子」でいることになんの意味もない”

わかってくるようになっても
それでも
何故だか私はいつまでも
緘黙状態のままだったのです。


・・・一応、このタイトルでは
ここまでということで・・・

お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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画像は近況を~・・・
↓↓
190907



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