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2019年8月23日 (金)

わたしはいい子。(4)

幼い頃の、モヤモヤした感情
けれども言葉にできなかった感情を
50代のいま、
想像して言葉にしてみることで
自分が場面緘黙であった原因が
見えてこないだろうかと
思って記してみております。


「じぶんとほかの子はなにかがちがう・・・」
「ほかのこどもたちがこわい・・・」

幼稚園の集団生活の始まりから
感じるようになったこの感覚は、
どう説明したらいいのか
いまの自分でも難しいのですが・・・

前回の記事で記した
「じゅうしょがじぶんだけいえない」
というように
「自分だけが~できない」
ということが幼稚園の頃には
自分が思い出すだけでもいくつかありました。

例えば
「船の絵を描きましょう」と先生に言われても

「えっ?ふねってどうやってかけばいいの?」

と、画用紙を前に何も浮かばないのです。

私は、家では絵を描くことは好きでしたし
「船」がどういうものか知らなかった
・・・というわけでもなかったようですが

「そんなむずかしいものを
どうやってかけばいいの?」


という感じでしたでしょうか。
なにかこう・・・
幼稚園ではちゃんとしたものを
描かなくてはいけないという思い込みやら
「船の描き方に何か正解があるのではないか」
と思ったり
「また、自分だけ変なものを描いたら
怒られるのではないか」
と思ったり
「また、みんなにばかにされるんじゃないか」
と思ったりで・・・

190823

結局、他の子達が思い思いに、
自由に描いている中で
私はどうしても自分なりのものが描けず、
向かいに座っている子の
描いたものを盗み見ながら
こそこそと描いていると
同じグループの子達が
「それ、まねしてるじゃん!」
「まねしんぼ!」
やらと言ってきて、
また惨めな気持ちになったりするのです。

「幼稚園」という箱の中に入っていると
なにかこう・・・自分にはわからない
「暗黙のルール」みたいなものがあって
「ほかの子たち」にはそれがちゃんとわかっていて
先生のもと、
言うことを聞きながら
自分も表現しながら
うまくやっていけているのに
自分はいつもなにやら不安で
皆と同じようにすることに必死で
それでも、
自分だけができないこと
説明されても一度では理解できないこと
が、あって
先生やみんなに間違いを指摘されると
なにやらとても怖くて暗い気持ちになる・・・

この
「ほかの子と自分はなんか違う感」
場所が「幼稚園」から「学校」に変わっても
ずっと自分の心の中にくすぶり続けるわけですが

自分はひょっとしたら宇宙人で
人間のまねをしようとしているだけで
いつまでたっても
ちゃんとした人間になれることが
ないんじゃないか

・・・なんてことを考えたこともあります。


あれこれ考えてると
色々、思い出すことや記しておきたいことが
増えてきて
まとめるのに苦労してます
毎回、ダラダラとした昔話に
お付き合いくださるアナタに
ありがとうを。
それでは、また。


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