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2019年8月

2019年8月30日 (金)

わたしはいい子。(5)

小学校に入った頃の話になります。

私の家はA市とB市のちょうど境にあり
幼稚園はA市のところに通っていましたが
小学校はとなると
A市のほうが近くても
住所がB市にあったので
B小学校に通うことになりました。
幼稚園で一緒だった子たちとは別々になるのですが
特にどうという気持ちもなく・・・
そういうものだと思っていたのか
そもそも、
「住んでいる市がみんなと違うから
自分だけ別の学校に行くのだ」
ということすら
考えなかったかもしれません。

入学前は、
ただ期待でワクワクしていたと思います。
新しいランドセル、新しい机

新しいことが始まるという期待のみで、
その時は、
不安なんてなかったんじゃないかなぁ・・・

それが・・・現実は

教室ではしゃべれない子
机にじっとしているだけの子

になるとは、自分でも驚きです。

多分、はじめのうちは
自分で自覚はなかったような気がします。
何もしゃべれない
というわけでもなかった気がしますし
誰かに何かを聞かれれば
答えるくらいはしていたと思いますし
みんなで外で遊びましょうと
声をかけられれば行って
鬼ごっこやら、だるまさんがころんだやら
やっていた覚えがあります。
ただ、「遊びを楽しむ」とかいうことがなく
「そういう遊びにただ参加している」
というだけで・・・


小学校入りたての頃でも
ほかの子達がわりと
物おじせずに振舞えているような
カンジがしたのは

ひょっとしたら、
B市保育園の頃からすでに一緒だったという
顔なじみの子達が多かったかもしれないし
そうでなくても
代々B市に住んでいるという
人達が多いので
家族ぐるみの付き合いがもともと
ある子達だったかもしれません。

だとしたら
はじめから
「同じ地域のぼくたちわたしたち」
という感覚があるのかなぁ・・・?
入れられる箱が
「保育園の教室」から「学校の教室」
に変わっただけで
なんら臆する必要はない。
・・・ということを
みんなは知っているような・・・?

私が

自分が何もしゃべれない子である
自分が机から離れない子である

というのは
皆がクラスという
箱の中にいながらにして
自分というものを出しながら
その中で楽しそうに遊んだり、
おしゃべりしたりしてるのを
ぼんやり見ているうちに

そして、ほかの子達が私のことを
「おとなしい」「しゃべらない」と
ぼつぼつと言うようになってきて
なんとなく感じてきたのかもしれません。

なんだかわからないけど
この箱の中で、わたしはひとりだ・・・
わたしはなんだか、みんなとちがう・・・

幼稚園の時に感じていた気持ちを
学校でも変わらず感じることになるのでした。

190828


いま考えると
学校の、教室という箱の中では私は
「自発」とか「意欲」とか「意思」とか
そういう・・・
こうしたいとかやってみたいとかの
自分自身の内面から出てくるものが
あるにはあったんですが
何故かそれを押さえつけるものが
あったように感じます。


お読みくださりありがとう。
まだ続きますが、とりあえず・・


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2019年8月26日 (月)

ドッジボールの思い出を。

今回も割り込み記事になります。

小学校の頃のことを、
断片的に思い出したりしますが
それが何年生の時にあったことなのか
はっきりしないこともあります。

多分高学年の頃のことだと思うのですが
思い出したエピソードをひとつ・・・


私、クラスでやるドッジボールが
大嫌いだったんですよ。
そもそも体育自体が好きではなかったんですが
ドッジボールは本当に怖くて嫌でした。
その頃のボールって
いまと違って凄く硬いものだったんですよね。
当たるともう、ビリビリするほど痛くって
顔に当てられたりすると、
トラウマ級に心に残ります。

不思議なことに
そんな痛くて怖い思いのするゲームを
割と皆がやりたがっているようなのです。
私のように、嫌で嫌でたまらないという子が
いないようで、
先生がやろうと言えば皆嬉しそうで
速やかに始まります。

当てられて、早く外野に出られれば楽なのですが
それもできずに私はいつも
隅っこをウロウロ逃げ回るだけ
ボールを受けとめることなんてありません。

運動神経の良い子達は、
コートを縦横無尽に駆け回り
飛んでくる強いボールを恐れもせず
胸で受け止めたりするんですよね。
受け止めたときに「ドンッ!」という鈍い音までも
こちらに聞こえてくるのに痛そうな顔もせず
素早く そのボールを持ちかえて
逃げる相手に向かって剛速球を投げつけます。
相手も相手で、
無理な体制から上手にキャッチして
まわりから賞賛をもらったり
両側から挟まれて、近距離から狙われてしまったのに
くるりと回転したり、紙一重のところでよけたりして
見事に何度もボールをかわす子もいたりして
そういうプレーを見ている分には
ほれぼれとするものでした。

ホントにドッジボールというのは
そういう得意な子達の独壇場でしたが
私にとっては、
恐怖の時間の何ものでもありませんでした。
「早く終わって!早く終わって!」
隅っこを逃げまどいながらただただ祈るのみでした。

190825

そんなある日、
またドッジボールが始まったのですが
私に衝撃的な出来事が起こります。

ちょっとチームに力の差があったのかな・・・
味方の子たちがどんどんと当てられていって
私と、数人の子が残るのみという状況になり
例のごとく、必死で逃げまどう私
恐ろしくて仕方がありません。
しばらく敵の外野とコートの間で
軽いボールのやりとりがなされ
私たちが当てやすそうな体制になるまで待ち
ちょっと逃げ遅れたとみるや
強い子の剛速球が襲ってくるのです。

そして

とうとう私一人が残る
という状況になってしまったのです。

いやだいやだいやだ!
こわいこわいこわい!!

コートの隅っこで怯える私に
特に強いボールを投げる男の子が
容赦なく、私に向かって
剛速球を繰り出してきました。

当たるっ!

そう思ったのですが

意外なことが起きました。

私の両腕が、その剛速球をキャッチしていたのです。

えっ?えっ!?

自分でもびっくりでした。
にわかには信じられませんでしたが
まわりから
「すげー」とか「おー」とか歓声があがると
恥ずかしくなり、
とにかくボールをさっと外野に放り投げました。

外野が受けたボールは、すぐに敵にわたってしまい
また私が狙われるのですが
私だけだとコートも広く
動き回ることができ、ボールをちゃんとよく見れば
よけることができました。
そして、まぐれかと思ったあのボールキャッチですが
何故か、また向かってきた他の強い子のボールも
私は受け止めることが出来たのです。

えっ?私って、本当はできるの!?

戸惑いはありましたが、
なんだか少し・・・自信がついてきました。
あの強い子達のボールを
しっかりキャッチできると
なんていうか爽快感があり
手の痛みもほとんど感じません。
ドキドキハラハラはするものの
それを含めて面白いものなのかも・・・
なんでみんながドッジボールをやりたがるのか
わかるような気がしました。

楽しくなりかけてきた
私もみんなと同じようなことが出来る子なのかも・・・

ボールをよけたり、受け止めたりしてるうち
そんな気になってきたのですが

そんな時

味方の外野にいた男子から
私に向かって
イラつくような言葉が投げかけられました。

「おい!早く当たれ!」



・・・あっ・・・

気が付いて外野を見ると
ボールを当てられ、外に出た子達が
退屈そうな様子でこちらを見ていたり
座り込んでいたり・・・

彼らにしてみれば、
外野にいてもなかなかボールはやってこない
早く最後の一人(私)が当たれば
ゲームが終了し、
また新たにゲームが始められるのに・・・
と、つまらない思いをしていたのでしょう。

私はそれに気づくと
自分の中のワクワクしていた気持ちが
すうっと冷めていきました。

「私は調子に乗ってしまったんだ・・・」

そして、次にボールが飛んできたときに
私は受け止めようとせず
わざとボールに当たりました。

ゲームが終了したとたん
外野にいた子達が
やっと終わったというように
わらわらと
次のゲームを始めるために集まってきました

「調子に乗って、
みんながつまらない思いをしているのに
気付かなかった・・・自分みたいなもんが
目立って浮かれて恥ずかしい・・・」

そんな思いがわいて
次のゲームからはもう
目立たないようにしようと思いました。
いまのゲームで、
それまでの恐れはだいぶ軽減されており
過剰に逃げるより、当たりそうならもうさっさと
当たって外野に行こう、と。
誰も私の活躍など期待していないのだから。
しようとすると
かえって邪魔になってしまうのだから。
まわりにうざったい思いをさせてしまうのだから・・・


・・・ということがありましたよ
というお話を
長々としてしまいました。


でも、本当にちょっぴり
自信がもてたような出来事だったので
そこで意欲がしぼんじゃったのは
いま考えると残念かな。

体育として、学校でやるドッジボールは嫌いでしたが
家に帰って、公園で年下の子たちとやるのは
楽しかったんですけどね・・・


お読みくださりありがとう。
それでは、また。


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強い子の、
あの遠慮なしの強さが恐ろしかったのかも・・・。
弱い子だろうが、近距離だろうが
おかまいなしに強く放ってくるからねぇ・・・。



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2019年8月23日 (金)

わたしはいい子。(4)

幼い頃の、モヤモヤした感情
けれども言葉にできなかった感情を
50代のいま、
想像して言葉にしてみることで
自分が場面緘黙であった原因が
見えてこないだろうかと
思って記してみております。


「じぶんとほかの子はなにかがちがう・・・」
「ほかのこどもたちがこわい・・・」

幼稚園の集団生活の始まりから
感じるようになったこの感覚は、
どう説明したらいいのか
いまの自分でも難しいのですが・・・

前回の記事で記した
「じゅうしょがじぶんだけいえない」
というように
「自分だけが~できない」
ということが幼稚園の頃には
自分が思い出すだけでもいくつかありました。

例えば
「船の絵を描きましょう」と先生に言われても

「えっ?ふねってどうやってかけばいいの?」

と、画用紙を前に何も浮かばないのです。

私は、家では絵を描くことは好きでしたし
「船」がどういうものか知らなかった
・・・というわけでもなかったようですが

「そんなむずかしいものを
どうやってかけばいいの?」


という感じでしたでしょうか。
なにかこう・・・
幼稚園ではちゃんとしたものを
描かなくてはいけないという思い込みやら
「船の描き方に何か正解があるのではないか」
と思ったり
「また、自分だけ変なものを描いたら
怒られるのではないか」
と思ったり
「また、みんなにばかにされるんじゃないか」
と思ったりで・・・

190823

結局、他の子達が思い思いに、
自由に描いている中で
私はどうしても自分なりのものが描けず、
向かいに座っている子の
描いたものを盗み見ながら
こそこそと描いていると
同じグループの子達が
「それ、まねしてるじゃん!」
「まねしんぼ!」
やらと言ってきて、
また惨めな気持ちになったりするのです。

「幼稚園」という箱の中に入っていると
なにかこう・・・自分にはわからない
「暗黙のルール」みたいなものがあって
「ほかの子たち」にはそれがちゃんとわかっていて
先生のもと、
言うことを聞きながら
自分も表現しながら
うまくやっていけているのに
自分はいつもなにやら不安で
皆と同じようにすることに必死で
それでも、
自分だけができないこと
説明されても一度では理解できないこと
が、あって
先生やみんなに間違いを指摘されると
なにやらとても怖くて暗い気持ちになる・・・

この
「ほかの子と自分はなんか違う感」
場所が「幼稚園」から「学校」に変わっても
ずっと自分の心の中にくすぶり続けるわけですが

自分はひょっとしたら宇宙人で
人間のまねをしようとしているだけで
いつまでたっても
ちゃんとした人間になれることが
ないんじゃないか

・・・なんてことを考えたこともあります。


あれこれ考えてると
色々、思い出すことや記しておきたいことが
増えてきて
まとめるのに苦労してます
毎回、ダラダラとした昔話に
お付き合いくださるアナタに
ありがとうを。
それでは、また。


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2019年8月18日 (日)

わたしはいい子。(3)

さて、前々回の続き
もう50年も前になる
幼稚園の頃の自分の心情を
想像を駆使して、言葉にしてみております。

「”きょうしつ”という”はこ”のなかに
”おなじこどもがなんにんもいれこまれる」

この状況が自分は不安だったのでしょうか・・・

その状況プラス
「おなじこどもたちといることがこわい・・・」
そういう気持ちもあったと思います。


考えると自分はそのころ漠然と

「自分と他の子は何か違う」

と感じていたと思います。
何と言ったらいいか・・・

「みんながちゃんとできることが、
自分にはできないんだ」

と、感じることが時々ありました。

一番初めにそれを感じたのは、
幼稚園に入園する際

先生と顔合わせするような場面があったのですが
机を長方形に並べて、
6人くらいの園児が1グループになって
先生とお話をするというもので・・・
いくつかのお話をしてるうち
先生が
「みんなの”じゅうしょ”を教えてください」
と言われたのです
その時、私は内心
「えっ?なに?”じゅうしょ”って??」
と、驚いたのです。

私はその時まで”住所”というものを知りませんでした
”住所”というのは、いま自分の住んでいる家を指す
県名・市名・町名・番地のことで
一軒につき、一つあてがわれているものだ
ということを知らなかったのです。

私は、心の中で
どうしようどうしようなんのことかわからない
と、ドキドキしました。
けれども、それ以上驚いたことに
私と同じ年の子供達は、ひとりひとり順番に
スラスラとその”じゅうしょ”というものを
まるで呪文のように唱えだすのです!

その衝撃というのは・・・
「この子たちは、私と違う・・・
なんだかわからないけど
私より高いところにいる子供たちなんじゃ・・・?」
と、恐ろしい気持ちがしました。

私の順番が回ってきましたが
頭は真っ白で、
なにやら口の中でもごもご言うのみでした。
他の子たちが自分を変な子を見るような目で見ているような気もするし
私自身もひょっとして自分はバカな子供なんじゃないかと思いました。

後のことは覚えていませんが
顔見せが終わり
他の子たちが、教室に入ってきた親たちのもとに駆け寄り
それぞれに帰っていくのに
私の母親は、先生となにやら立ち話をしている光景は覚えています。
”この子はじゅうしょが言えませんよ。変な子ですよ”
と、言っているのかしら・・・
私はおかぁさんに叱られるのだろうか・・・?
と不安な思いで二人が話す様子を遠くからみていました。


今にして思えば・・・
自分の家の住所や自分の名前、父母の名前等
幼稚園に入る前にしっかりと言えるようにしておいてくださいと
前もって親たちは園から言われていたのでしょう。
だから、他の子たちはちゃんと親から教わって
答えられるように準備ができていたのでしょう。
けれども私は教えてもらっていなかった・・・
母親に教える暇がなかったのか
忘れていたのか
そんなことは、親がわざわざ教えなくても
子供が勝手に覚えるだろうと思っていたのか・・・
とにかく、

この子が困ったことになると可哀想
ちゃんと言えるかどうか
確認しておいてやらないと・・・

などという気持ちの余裕が
そのころの母にはなかったのかもしれません


同じ年ごろの子供達との集団生活がそこから始まるのですが
そのようなことがあり、
出だしから私はしくじった感があって
「わたしはなにかちがうんじゃ・・・」
「みんなとおなじじゃないような・・・」
という漠然とした不安が湧き
「ほかの子たちがこわい」
「またわたしだけわからないことがおきたらどうしよう」
「おかしな子だとおもわれて、いじめられたらどうしよう」
と、無意識にマイナス思考になっていたのかも・・・

190817

一旦、ここまでで・・・。
まだまだ長くなりそうです・・・

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2019年8月15日 (木)

二度と言い切るんじゃねぇ!

ようこそ、いらっしゃいませ。

前回の続き・・・の前に
また割り込み記事になります。

前々回で購入したとお知らせした
ダンス☆マンの10年ぶりのアルバム
「From Planet Mirrorball」
についてのお話をもう少し。

ホント、趣味が異なるアナタには
どうでもいい記事になりましょうが
昔の暗い内容ばっか記してると
自分が盛り上がる
楽しいお話をしたくなるんですよぅ
なので確実に自己満足記事でございますよ。
無理にとはいいませんが
よろしければのお付き合いを・・・


このミニアルバムの4曲目にある

「二度と言い切ったりしない 
feat.ゴスペラーズ」

が、とっても気に入ってしまったのでご紹介を。

歌詞の内容はだいたいこんなカンジ
↓↓

いま、お付き合いしている彼女が大好き
これからもずっと一緒にいたいし、
幸せにしたいと思うけど
でも「絶対」「必ず」「誓う」なんて
言い切ったりしちゃダメだ
これまでも、そんなこと言っちゃって
結局、苦いお別れを何度かしてるんで。

彼女と食事に入ったお店
もう、失敗したくないから
お酒は飲まない
乾杯だけにしとく
それでもちゃんと彼女といると楽しいし
ふたりうまくいく・・・と思う
幸せにしてあげられる・・・と思う
ずっと一緒にやっていけるんじゃないかなぁ~
・・・言い切っちゃダメだけど

・・・とか、いってるうちに
お酒が一杯・もう一杯・最後にもう一杯・・・
ってなってって
出来上がっちゃった彼は
遂に彼女に思いのたけを
あの言い切った言葉たちを使って大放出・・・
って内容の曲で、
いやもうとても微笑ましくなっちゃいますよ。

歌の内容はここまでだけど
その後、彼はべろべろに酔っ払って
調子のいい言葉を言い切りまくりの末
彼女の手を焼かせ
タクシーに無理やり突っ込まれて
帰らされるんだろうなぁ~と
想像できるほど
ドラマっぽい音楽なんですよね~
でも彼
「言い切り」よりも「酒グセ」のほうが
問題なんじゃないかとも思いますが
いやでも、ステキです。

さて、こっから
この曲に絡めての私の近況になりますが

「言い切る」って正に「男のあるある」
だと思うんですよ。
「なんで、よく考えもせずに断定しちゃうの!?」
おっかしいんじゃないの!?と
呆れることもございますよ。
ウチのダンナのことですが!!

・・・それでは、この間
これ20数年連れ添ったなかで
一番「バカっぽい」んじゃないかと思った
夫婦の会話をどうぞ・・・

バイクで旅をする芸能人の番組を観てて
私、ふとダンナに

「・・・ねぇ、50ccバイクの”50cc”って何?」

「・・・50cc、ガソリンが入る
ということだ(←言い切り!)」


えっ?そうなの?
それじゃ”750ライダー”ってあるけど

あのバイクは750ccガソリンが入るってこと?」

「そうだ(←言い切り!!)」

「・・・ふ~ん・・・それだけしか入らないんだ~・・・」

マジか・・・!Σ(゚Д゚)って会話してますよね・・・

私、一瞬納得しかけたんですけど
いや!おかしい!と、気付きましたよ!?

「いや、ちょっとちょっと!そんなんおかしいでしょ!?
アナタ50ccってどんだけか知ってる!?
大さじ4杯もないよ!?750ccだって、
そんだけでバイクが長い距離走らんでしょうよ!」

「少ない量でも、結構走るものだぞ」

「・・・えっ、今のバイクの性能ってそんなに・・・?」

改良が進んで、いまバイクはそんな時代なのかと
また納得しかけちゃったけど
でも、やっぱりおかしいと思って
ネットで調べましたよ。

「ちょっとアナタ!やっぱり違うじゃん!
50ccとか750ccとかってのは
排気量のことだよ!ガソリンの量じゃないよ!
(何故排気量が㏄なのかはわかんないけど!)」

「・・・そうか?(しれっと)」

ムカ~~~!!

エエ!なんで男ってああなの!?
わからないならわからないって
言えばいいじゃん!
なんでウソ・・・っていう感覚もないんだろうけど
多分こうなんじゃないかって
ぼんやり思いついたことを
はっきりと言い切ってしまうの!?
もし私がダンナを信用して真に受けてたら
ずっと間違ったことを覚えてしまうことになるのよ!?
私だけならまだしも
これが子供だったらどうするのよ!
もうちょっと考えてものを言って頂戴よ!

自分の言葉に責任をもって!

さもなくば、
責任もてないことを


もう二度と言い切るんじゃねぇ!!


・・・お読みくださりありがとう。
それでは、また。

そうなのよ~
ウチのダンナもなんかしら言い切るの!
とお困りの奥様、よろしければこちらを
ポッチリ押し切っていらして
↓↓

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今回はお話とは無関係なイラストのみで・・・
↓↓
190812
次回はまた暗い話に戻りますのでよろしく・・・。

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2019年8月13日 (火)

わたしはいい子。(2)

前々回の続きです。
私はどうして場面緘黙になったのかと
自分なりに考えたことを記しています。

さて、
母親を怒らせたくない
母親の怒声を聞きたくない
家の中が穏やかな場所であってほしい
と願っていた私。

「面倒なことにかかわりたくない」
「厄介事をもちこまれたくない」

と、思っている母親の気持ちを無意識に察しながら
「親の言うことをよく聞く子供」
を演じて(演じるという意識もないのですが)
日々過ごしていた私ですが
別にそれで母に認められるということは
ありませんでした。
「子供は親の言うことを聞くのが当然だ」と
思っていたのでしょう。

それでも、いつもいつもいい子でいたわけではなく
幼稚園の頃だったか
親戚のおばさんが家に寄ってくれたことがあり
私はうれしくて、母とおばさんの前で
はしゃぎすぎてしまったことがありました。
おばさんに笑ってほしくて
変な踊りを踊ってみせたり
当時、テレビでやっていたような
変な言葉を大声で言ってみたりしたのかな。
そんなことをやっていたら突然
母のあの刺すような、鋭い声が
頭の上から降ってきました。

「調子に乗るのもいい加減にしなさいよっ!!」

と。

その時、ショックを受けながら私は

私が感情のままに振舞うことが
母をイライラさせてしまう
母を不愉快にさせてしまう
母に恥ずかしい思いをさせてしまうのだ、
察してしまったようです。

「調子に乗るな」

という言葉は、その後も、
今ですらたまに
自分を戒める時に「自分の内から」出てきます。
何か、とても気分が高揚した時
手放しでワクワクしている時
そんな風に思っている自分を
もう一人の自分が気が付いて
「調子に乗っちゃダメだ!
そんな風に浮かれていると
きっと後で何か悪い事が起こる。
きっと誰かを不愉快にさせている
きっと誰かを傷つけているぞ」
と、囁くのです。

さて、これも今になって思うことなのですが
幼稚園時代から私は緘黙であったとしてきましたが
きっと当時の頃の自分は
自分で「しゃべれない子」だという自覚は
まだなかったかも、と思います。
幼稚園にいる自分と、家にいる自分は違う
とは、それほど感じることはなかったと思います。
ただ幼稚園に行きたくないという気持ちはいつもあり
実際、行きたくないとゴネたことも
泣いたこともありますが
毎回、母に怒られては手を引っ張られて
行かされたような記憶があります。
いつもは優しい父までが
「いったい何が悲しいんだ!?」
と、母に替わり私を幼稚園に連れていく道中
イラついた調子で聞くのですが
私は泣くばかりで答えることができませんでした。

当時は「しゃべれない」ということでなく
「せんせいがこわい」
「ねんどあそびをしなさい(※)といわれるのがこわい」
というはっきりとした理由があった時もありますが
(※ブログ「いつもひとりで」の「ねんど遊び」にそのことが記してあります)

なんだかわからないけれど
あのきょうしつのなかに、おおぜいのこどもたちといっしょに
いれこまれてしまうのが、ふあんでしかたがないのです。

・・・なんて、5歳くらいの子供が
大人達にはっきり言えるわけもないでしょうね。

190813

また、長くなりましたのでここまでで。
お読みくださりありがとう。それでは、また。


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2019年8月11日 (日)

ダンス☆マンが10年ぶりに!

ようこそ、いらっしゃいませ。

前回の続きの前に
割り込み記事を。



何っ!ダンス☆マンが10年ぶりに
アルバムを出すんですって!?

久々にダンス☆マンのサイトをのぞいたら
そんな打ち震えるような告知が
されていたじゃありませんか!

えっ!?ウソっ!
いついついつっ!??
えっ!?7月17日!?

・・・とっくに発売されてましたよ。

7月なんて、まぁ・・・♪
私の誕生月にあわせてくださった・・・?

・・・そら当然、
そんなことあるはずもないですが
これなら、自分的に
「遅ればせながら、
私自身の誕生日プレゼントとして」
という名目で躊躇なく購入できるってもんです。


さて、というわけで
早速購入しましたよ!
ダンス☆マン「From Planet Mirrorball」
(1,800円+税)
ミニアルバムで全6曲入りでございます。
4曲目「二度と言い切ったりしない」
にゴスペラーズ(渋い!)
5曲目「頑張り過ぎずにガンバって!」
にNegicco(可愛らしい!)
がゲスト参加しているよ。

お変わりなくダンス☆マン・・・
曲はカッコよく歌詞は微笑ましく
声質がまた、いいんですよねぇ~・・・

やっぱイイわ~ダンス☆マン・・・

この暑苦しい夜に
ヘッドホンつけて聞きながら
眠りについてますよ。

でも、ひとつだけこのCDで
不満を言わせてもらえば

毎回、歌詞カードと共に
アルバムの曲ひとつひとつに
ダンス☆マン自身で紹介がなされてたんだけど
今回はそれがなかったのね。
いつも、それ読むのも楽しみだったから
ちょっと残念・・・。

あと、今回のCD聴いてたら
余計に
80年代のダンス・ミュージックを
ダンス☆マンの空耳歌詞で聴きたいわ~!
と、強く思ってしまうのよ。
いまも時々、
主に部屋掃除してる時に
ダンス☆マンの以前のアルバムと合わせて
80年代ディスコ・ヒッツ!とかも聴くけど
「あ~これ、ダンス☆マンが空耳カバーしたら
どうなるんだろう?」って
考えたりするのよ。
・・・多分、いまは曲の権利とかの問題で
色々難しいんだろうけど
是非また新たな空耳カヴァーソングを
作っていただきたいと思う次第です。

さて、爆暑が続く中
ダンス☆マンもあの格好はさぞや暑かろうと
心配になるのですが
お体に気を付けて
頑張り過ぎずにガンバっていただきたいものです。

190810


・・・と、今回自分の趣味満々の割り込み記事を
お読みくださりありがとう。それでは、また。

アナタもよろしければ
ダンス☆マンワールドに一度
触れてみては?

そしてよろしければ
こちらもクリック・・・してみては?
↓↓

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2019年8月10日 (土)

わたしはいい子。(1)

ようこそ、いらっしゃいませ。

今回は

「もしかして、私はこういう流れで
場面緘黙になったんじゃないか」

と、自分なりに考えていたことを記してみますよ。
よろしければ、お付き合いを・・・

わりと最近「HSP」って言葉を知ったんですよ。
HSP(Highly Sensitive Person)
ザックリいうと、
色んなことを敏感に感じすぎてしまう人達。
人の気持ちを読みすぎてしまったり
場の空気を読み過ぎてしまったりして
疲れてしまう特性を持つ人達のことね。
その「HSP」関連の本も何冊か出ていて
そのうちの一冊を読ませてもらったんだけど
「あー!そうそう!私もそうなのよー!」って
「HSP」の特性に
自分もあてはまるのがいくつもあって
そうか、私も生まれつきそういう特性が
あったと考えて間違いなさそうだと
はっきり自覚できたんですよね。

で、生まれつきそういう
「人の気持ちに敏感な子」であったのなら
親の気持ちも敏感に
察していたんじゃないかと思うんですよ。
自分が何をしたいか、どうしたいかと
思うよりも無意識に
母親がこちらに何を求めているかを
察知してしまっていたんじゃないかと・・・

無意識に私が母から感じていた気持ちは
いま、言葉にしてみると

「面倒をかけられたくない」
「厄介事を持ち込んでこないで」

ということ。

別に母から口に出して言われていたわけではないけれど
そんな感じをうけていました。

「軽い言葉の重み」にも記してましたが
ウチは、ばぁちゃんと、父母、そして
姉と私と妹の6人で暮らしていました。

母に関していえば
故郷を遠く離れた地で
家を建て、姑を呼び寄せての同居
まだ小さい子供達
慣れない仕事・・・

多分、心に余裕はなかったでしょう。
昔の母の、穏やかな表情はほとんど覚えがありません。
眉間に皺をよせて、何か厳しい・・・
近寄りがたいようなピリリとした雰囲気がありました。
子供たちを怒る声は大きく、
刺さるような声というか
「雷が落ちる」という正にそんな感じで
私は、その声を聞くのがとても不快だったので
結構、怒られないよう
母の言いつけは守るようにしていたと思います。
「勉強しなさい」と言われればしましたし
「ピアノの練習を1日何分やりなさい」と言われれば
やりましたし

ただ、3つ上の姉は母にだいぶ反抗しており
よく口答えをして
母の機嫌を損ねていました。
そのたびに母は家事をしながらも
姉に対する不満を憎々しげにひとりごちているのでした。
私はそれを聞くのがとても不安で不快でした。
「自分は、そんな風に言われないようにしなければ」
と思っていました。

あまりに私が母に対してイエスマンだったので
姉に蔑むような目でみられ
言われたことがあります。

「あんたって、ホントにかぁさんの言いなりだね!」

と。

姉にとっては私は
「母親のご機嫌取りの良い子ぶりっこ」
に見えたのでしょう。
私は、性格はキツい姉ですが慕っており
嫌われたくないという思いがあったので
そんな風に言われることはショックだったのですが

でも、姉も私も二人ともが母に対して反抗的であったら
余計に母はヒステリックになっていたことでしょう。
妹はまだ幼いので、
母の大変さに遠慮するということがわからず
無防備に甘え、
してほしいことを要求します。
だから、だれか一人は親のいうことを
ちゃんと聞く子供がいないと・・・

家族の平穏のために・・・
なんて、正義感からいい子役を
買って出たわけではありませんが
私はとにかく、
家庭がトゲトゲしくなるのがイヤだったのです。
安心して、この家にいたかったのです。
母の金切り声を聞くのがいやだったのです。

・・・なんか、また長くなりそうなので
一旦ここまでで。

今回の画は近況を・・・
↓↓
190809

お読みくださり、ありがとう。それでは、また。

よろしければ、一旦クリックを・・・
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2019年8月 5日 (月)

かぶり合う言葉たち。

ようこそ、いらっしゃいませ。

以前の記事
「存在の耐えられないアノ”間”」(6/17)
と、似たような話になるのですが
「これって私だけ!?」と、ちょっと
気になったので記してみますよ短めに。
よろしければ、お付き合いを・・・


電話でね、お話するじゃないですか
その時に私
相手が一通りしゃべり終るのを待ってから
喋ろうとするのに
なんでか、相手の言葉と
かぶっちゃうんですよ。

なので、「あ、いけない」と思って
お互い相手に喋らそうと
言いかけたのを止めますわね
そうすると、一瞬・間があくから
また、自分が喋ってもいいかと思って
お互いが口を開いて
また、言葉がかぶってしまうという・・・

私、そのグダグダがなんか気になっちゃうもんで
「今度はそうならないようにしよう」って
気を付けて喋るんだけど
・・・やっぱり、なっちゃうのよ
あの「言葉かぶり」・・・

特定の人となるわけじゃなくって
誰と電話しててもそうなるのよ。
なにこれ!?なんで!??
ちゃんと、相手の話を聞いて
一区切りしたのを見計らって、
言葉を発しているつもりなのに!

・・・ていうか、私が気にしすぎなだけで
もともと電話ってそういうもんなのかしら?
誰でもそんな風に
かぶり合いながら電話でお話ししているの?
スムーズな双方向の会話ができるのは
まれな事なの!?

細かい話でごめんなさいね。
昨日一日で2回電話することがあって
電話相手は違うけど
2回ともそんな風な事が起こったもんだから
よっぽど私は、タイミングをはかるのが
下手くそなのか・・・?と。
皆様はどうかと思って
ちょっと記事にしてみました。

・・・なんてことないと思えば
なんてことない事よね・・・
それでも、お読みくださりありがとう。
それでは、また。

今回はちょっとお絵かきを・・・
「海に来たのにつまらなそうな女性」
画像サイズを変更してみたのですが
ちゃんと表示されてるかなぁ・・・?
↓↓
190805


言葉かぶり!あるある~!と思ってくださる奥様
よろしければ、どちらでもポッチリと・・・
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あっ、今回のタイトルもじりは
「めぐりあう時間たち」(2002年 アメリカ)
ニコール・キッドマン
ジュリアン・ムーア
メリル・ストリープ
3大女優が共演しておりますよ。
3人の女性が、それぞれ違う時代を生きていて
でも、抱えている悩みは同じなのね。
自分が自分らしく生きようとすると
社会的に認められなかったり・・・
って、ざっくりすぎるあらすじで
スミマセンだけど
私、これレンタルして観たことあるけど
・・・あんまり覚えてないんですよね・・・
あっ・でも映画サイトさんの
評価は高いですよ。
私には、はまらなかっただけで・・・

ただ・・・
メリル・ストリープって
映画より、舞台の方が
合ってる人なの・・・?
なんか芝居がいつも大振りだなぁと
映画に出てくるのを観る度
思ってしまうのよ・・・

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