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2019年7月18日 (木)

軽い言葉の重み(7)

あの「自分にとっての大事件」は
40数年の時の中で
時々ふっと思い出すことがありました。
学生の時も、社会人の時も
こちらに嫁いできてからも・・・
昔は思い出せば、あの時の気持ちまでもが蘇り
重苦しくなりましたが、時がたつうち
「あぁ・・・あんなことがあったっけ・・・」
くらいの昔話の一つになります。

けど、それでもいまだに腑に落ちないことはあります。

思い出すたび
「私が言ったことって、あんなにも
怒られなきゃならないことだったか!?」
「小さい子供が、大人たちに
あんなにも怒られて責められなきゃ
ならないような言葉だったか!?」
ということです。

「ばぁちゃん、自分が飲みたいんでしょ?
自分ひとりで行ってきたらいいじゃん」

・・・そんなにひどい言葉ですかね・・・?

どうにもそこのところが納得いかないんですよね。
まぁ、考えてもどうにもならないので
苦い思い出の一つとして、とどめておくのみですが。

ただ、この「大事件」は
私が親になって
娘・息子を育てる上で、
教訓になっていることもありました。

「あの時の私のような気持ちを
子供たちには味わわせちゃいけない」
と、そこには気を付けて子育てしてきたつもりです。

子供にとって、家の大人たちが
どれほど大きな存在であるか。
その人達皆に責められるのがどれほどの苦痛なのか。
まるでこの世からはじかれたような
それほどの気持ちになるのです。

190717

だから、子供を叱る時があっても
誰かひとりは子供の味方になってくれる
大人がいなければいけないと思うし
そもそも感情的に一方的に叱るのではなく
子供の言い分にも耳を傾けたり
怒鳴るのではなく、
諭すように叱れないものかと・・・

・・・難しいですけどね・・・
自分も実際はどれくらいそのことが守れたのか・・・



ばぁちゃんの亡き後

実家に行くと、時々母と姉と私とで
昔話になるのですが
けっこう「ばぁちゃん話」の出る頻度が高く
私と妹が嫁いだあとも
姉(婿さんをとって家を継いでいる)と
母と、ばぁちゃんとの間で日常生活
いろんなゴタゴタがあったようです。

「ホントにばぁちゃんは難しい人だったから・・・」と
母は、あんなこともあった、こんなこともあったと
ばぁちゃんがこの家にいる頃は
なかなか言えなかった
いかにも大変そうな
昔話を苦渋を滲ませた顔で話すのです。


その時に
「ホラ、あんたが子供の時にもさ」
と、思い出したように母の口から出たのは
私のあの昔の「大事件」の話でした。


「軽い言葉の重み」のタイトルとしては
ここまでで。次回からは
大人になってからの私が思うことを
たらたら綴りたいと思います。
よろしければ、ポッチリと。
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