« 2019年3月 | トップページ | 2019年5月 »

2019年4月

2019年4月23日 (火)

このドラマが面白そう。

ようこそ、いらっしゃいませ。

この頃は以前ほど頻繁に映画のDVDレンタルしなくなっちゃったんだけど
(いや、観てることは観てますが)
ドラマの方を録画してちょいちょい観るんですよ。
で、今回はその観ているドラマのご紹介。
よろしければ、お付き合いを・・・

今期のドラマで面白そうなのは「わたし、定時で帰ります。」かな。
誰になんと思われようと定時でサッと帰る主人公。
もちろん仕事中はバリバリと働き
キッチリと自分の仕事は済ませて帰るのだから
誰に文句を言われる筋合いはないよね・・・
主人公は前の会社でキツい残業を無理してこなして
とうとう体を壊して、死んじゃう寸前までになった体験をしたから
「会社のために自分の人生を犠牲にするなんておかしいんじゃないか」と
一転、仕事に対する考え方を変えて、
”定時で帰る”という希望の通った、現在の仕事に勤めなおしたのね。
(それまで100社ほど落ちたとか言ってましたね)

皆が残業する中、キッチリ定時で帰っていく彼女を
よく思わない上司や同僚、主人公に賛同する後輩・・・
他の登場人物はまだ何を考えているのか、これから見えてくるのかな。
次回は育児休暇中だった主人公の先輩が職場復帰してくるのね。
彼女は、
「育児は夫にまかせて自分はバリバリ働きます!残業もやります!」と宣言してる。
そんな中で、主人公の考え方が変わっていくのかどうなのか・・・?

楽しみなドラマになりそうです。
190420


で、そんなお仕事ドラマを観ていて、ちょっと考えたことがあるのですが
それは次回で。
お読みくださり、ありがとう。それでは、また。


アナタのお好きなドラマはなんでしょう?

「ドラマ観ないわ~」な奥様も
「海外ドラマはよく観るわ」な奥様も
よろしければ1クリックを・・・
↓↓

絵日記ランキング

・・・で、さて2回目は今週、何曜日にやるんだっけ?と思ってたら
今日じゃないですか!あらあら、一週間経つのってホント早いわねぇ~!
というわけで、先週下書きしてたこの記事をバタバタで更新する始末。
あぁ、録画予約もしとかなくっちゃ!

| | コメント (0)

2019年4月19日 (金)

「何か」があろうがなかろうが。

ようこそ、いらっしゃいませ。

「何故私は雑談ができないのか」ということについて
ダラダラと記しております。
よろしければ、もう少しお付き合いを・・・

結局、休憩時間の「雑談」っていうのは
「喋り合う」ってことそのものに意味があるのね。
それによって
「ストレスを解消し合って」
「仲間意識を確認し合う」
・・・で、前半の仕事の疲れをリセットして
また後半の仕事を頑張りましょうってことになるのね
きっと・・・

まぁ、ホントに皆が皆楽しんでいるわけでは
ないでしょうが
その人たちはそれでも自分個人がしたいことより
休憩時間、皆で集まることを優先して
「その空間に合わせることができる」
っていうのが羨ましいわ・・・
もう、女性っていうのは「感覚的」「無意識的」に
そういうのが備わっているのかしらね・・・?
そして、そのことが結局
仕事自体をチームとして円満に回していくコツだと
心得ているのかもしれないわね・・・


私は結局
”瞬発的に喋る”という行為が出来ないようだし
だからいつまでもその”空間”に入っていくことが
出来ない・・・
もともと何か・・・女性が普通に備わっている「何か」が
自分にはないのかもしれない・・・。

私はこれからも、「雑談が出来ない人間」として
生きていくことになると思うけど
それがどこかに所属する上でマイナスな面に
なるとは思うけど
だからといって、
そのことが人として下に見られることのないようにと願いますよ。
私もできないからと卑下することのないようにしないとね。

皆で空間・時間を共有し合うことができず、
できないことで焦ることが
ストレスになり、気持ちが定まらない人間がいる。
個人の空間・時間を個人で使うことが、心を安定させる・・・
そういう人間もいるのだと
理解していただければなぁと願います。

190418

ホントにダラダラと3記事にわたって記しちゃったわ。
それでもお読みくださったアナタにありがとうを。
それでは、また。

瞬発力が大切だわ!と気づいて
前回の記事からすぐにこの記事に取り掛かって
数時間で文章を仕上げたのに
「下書き保存」したはずが全部消えちゃってたのよ!!
で、気力落ちで数日過ぎ、またダラダラで再作成・・・
ココログさんリニューアルしてから不具合続きなんだけど・・・
困るわ・・・

よろしければ、瞬発力で1クリックを・・・
↓↓

絵日記ランキング



| | コメント (2)

2019年4月16日 (火)

雑談はダブルダッチのように。

ようこそ、いらっしゃいませ。

前回の「私は雑談が出来ない」ということから
それは何故なのか?
ってことを考えたことの続きなんだけど

ちょっと我ながらうまい表現を思いついたので
記してみますね。
いくわよっ!

「雑談とは喋りのダブルダッチである!」

どやさ!!

・・・あっ・・・?伝わってないかしら・・・

えっとね、ダブルダッチって・・・アレね
「大縄跳び」のレベル高いやつ。
縄が一本じゃなくて二本で、
ビュンビュン回したり、ゆっくりだったり
で、飛ぶ人は一人だったり二人だったり数人だったり
かわるがわる出たり入ったり
縄の中でリズミカルに飛びながらパフォーマンスするのね。

私はその集団全体の、
リズムに乗った、目まぐるしい流れのそれを、
ただ驚愕の思いで、眺めるのみなのよ!
私がその縄の中に入っていくなんて無理無理無理無理!!
一体どのタイミングで!?
入ることができたとしてもすぐ引っ掛かっちゃうよ!
そのあと起こる、気まずい空気感・・・
耐えられないわ・・・

普通の「大縄跳び的会話」ならできるのよ!?
ゆっくりめに回してもらって
その縄の輪を、順番に入って飛んで出て行く
それなら、私もできるんだけどねぇ・・・

でもさ、女の人達ってその「ダブルダッチ的会話」を
特に苦も無くやりなさるように見えて
こちらからするとホントに感心するのよ。

多分休憩時間が終わると
「アラ何の話をしてたんだっけ」って
思い出せないような、ホントに他愛ない会話なんだろうけど
とにかく、「瞬発的に」体を動かすように口を動かすこと
喋りあうという行為そのもの」で
「ストレスを解消し合う」ことと
「空間を共有できている安心感」
が得られるのかしら?
そして、気持ちをリセットして
また午後の後半の仕事も頑張りましょうってことになるのね
きっと・・・

190413

ちょっと、まだ少し続きますが(まだ続くの!?)
一旦ここまでで・・・お読みくださりありがとう。
それでは、また。

記事を記すのも瞬発力が必要かなぁ~・・・
こんな1記事作成に何日もかかるのよ・・・
「わかるわ~」の奥様も「え!?なんで!??」の奥様も
よろしければ1クリックを・・・
↓↓

絵日記ランキング

| | コメント (0)

2019年4月12日 (金)

できない”アレ”のそもそも。

ようこそ、いらっしゃいませ。

仕事を辞めてみて
自分についてあらためて考えたことがあったので
ちょっとそのことについて、だらだらと記したいと
思います。
よろしければ、お付き合いを・・・


この間まで十数年勤めてた職場で私 実は

「雑談ができなかった」んですよ。

いえ、ちゃんと誰かと話すことはできますよ。
仕事の話なら。
後輩に仕事を教えることだってできますし。
2・3人でなら普通の会話もできてましたよ。
といっても仕事中は、手が止まってしまうので
極力話はしないようにしてましたが。

ただ、3人以上で
休憩時間とか、一か所に集まって
他愛のない話をしてその場を過ごすアレができないのです。
話はちゃんと聞いていますよ。
話が面白ければ笑いもしますしね。
ただ、自分から会話に参加することがほとんどなくって
そういうことが、傍からみてると妙なのかしらと
考えたりして、休憩中の居心地はあまり良くなかったです。
(誰かに何を言われたわけではないですが)

でも、これって多分「場面緘黙」の
二次障害的なものだよなぁ・・・
別に雑談ができなくても、ちゃんと必要なことは
話せているし、仕事に支障はないんだから
まぁ、こればっかは仕方がないと思うしかないか・・・

と、思いながら日々過ごしていたのですが・・・

仕事を辞めた現在、ちょっとこのことについて
考えてみようと思ったんですね。

「どうして、自分は”雑談”ができないんだろう?」と。

あ、ちょっとそれを考える前に

そもそも女性ってどうして雑談をしたいの?
っていうか、みんなホントに雑談したい人ばっかなの?
いつも、同じ時間に同じメンバーが、同じ席に座って
お茶を飲みながらおしゃべりをする休憩の時間・・・

たまには、午後の仕事があんまり眠くって
休憩時間だけちょっと仮眠をとりたいって人もいるんでは?
メールなりラインの確認をして、返事を打ちたい人だって
いるんじゃない?
ほかにも、ちょっと用事で席を外したい人だって
いるんじゃないの?
仕事中はできない相談事を、誰か特定の人に
聞いてもらいたい人だっているんじゃないの~!?

人それぞれ色々な休憩をとっても
いいはずなのに、何かの縛りみたいに
何故いつも「みんなで雑談」になるの!?

・・・って、考えると不思議な気がするんだけど・・・。

でも、
他にやりたいことはあると思っている人達がいるとしても
その人達は別に、雑談の輪の中に入れば
普通にその輪の中で雑談を楽しんでいる風で・・・

でも自分は、したい・したくないにかかわらず
「できない」

じゃあ自分は何故
その時間、
その輪の中で、
その「雑談」というものが
できないのか?

もしね、
「この仕事のこの作業のやり方について、
こう変えたらいいんじゃないかって
話が出てるんだけど、
皆さんどう考えてるかこの休憩中に意見を聞いて
まとめて後で報告してくれない?」
なんて上から言われたとすれば
自分は発言できると思うのよ。
話の進行役の人がいれば(自分でもいいし)
なお、話しやすいかな。

とにかく、何か・・・
常々、自分もそれについて考えるところがあるような
「お題」?みたいなものが出てる場合なら
話せるし、意義も感じてテンションも上がるし
「休憩時間じゃ足りないわー。もっと議論したいわー」
となると思うんだけど

なんていうか・・・
「雑談」って「喋り力」と「瞬発力」を基礎に
高度な「コミュ力」と「アドリブ力」と「ツッコミ力」
を、各々で無意識に発動させて、
一体空間を作り上げている・・・ような・・・?

女性達が集まると・・・まず自然と「空気」ができてくるのね。
で、その「空気」の中で一人のひとがペラペラッと
他愛ないことを喋るでしょ?
そうすると誰かがそれについて間髪入れずにペラペラッと喋って
誰かがそれに瞬時にツッコミを入れて
誰かが瞬時にアドリブで返しを入れて
で、また話題が他愛ないことに移っていって・・・


目まぐるしいのよ!
こっちは会話のやり取りを追うだけで精一杯なの!

190412

自分が何を言おうかなんて考えてる間に
もう話題は別のことだし
仮に入っていけたとしても
出来上がった空間の中
会話のテンポや、スムーズさについていけないのよ

私はその場の出来上がった空間を乱してしまうのよ!
それがなにより耐えられないの!

・・・って・・・う~ん・・・自分としては
そういうことかなぁ~・・・
長くなっちゃったので一旦ここまでで・・・

お読みくださりありがとう。それでは、また。


雑談得意な奥様も、そうでない奥様も
よろしければ1クリックを・・・
↓↓

絵日記ランキング

| | コメント (0)

2019年4月11日 (木)

それでも。

ようこそ、いらっしゃいませ。

幼稚園から短大まで私は「場面緘黙」だったのですが
自分の自己評価の低さは
この時代が関係があるのでは・・・という話の続きになります。
あまり気分が上がる話ではありませんが
よろしければお付き合いを・・・

「場面緘黙」というのは、ざっくり言うと
ある特定の場所で言葉が出なく(出にくく)なる状態のことで
私の場合は家庭では普通に喋れるのに
学校ではとたんに喋れなくなる状態でした。

まぁとにかく、
「喋らない子」
「固まったようにじっとしてる子」
であったわけなのですが
そういう子供を
まわりのいわゆる”普通”の子というのは
「どういう扱いをしてもいい」
「自分より下」
とみるんですね。

明らかに馬鹿にしたような態度を取られることも
苦痛でしたが
好意であれ何かこう・・・
まるで幼児に対するような接し方をされるのも
惨めな思いがしました。

でも、自分がこんななのだから
そんな扱いをされても仕方ない、とも思っていました。
何も言い返せない自分が悪い
子供のように扱われても、
相手は自分のことを思ってしてくれるんだから
気を悪くするなんて間違ってる。

自分自身も何故こんな状態になるのかわからないし
自分の周りをとりまく世界も
何か自分にはわからない暗黙のルールが存在しているような感じ。

「みんなは知っているのに自分だけがわからない」

なんていうのか・・・混沌とした中にずっといたような気がします。


でもまぁ、いま記したいのは
”昔はこんなに苦しくて辛かった”ってことじゃなくて
ただ「場面緘黙だった」という過去の事実と
それが「自己評価」を下げている原因になり
現在も続いていたということ。

けど、自分は社会に出てからは
OLやって、結婚して知らない土地で
同居しながら子供を二人育てながら内職したり
フルでパートを10年以上したりしながら
なんとかでも子供を自立させて今は義理の母親の介護もしてる。
これも事実のことで。

そりゃひとつひとつ取り上げれば
至らないところもたくさんあって思い出せば
嫌な事、失敗したこと、恥ずかしいこと
申し訳ないことばかりが浮かんで
それも余計に自己評価を下げる原因になってしまうけど

やってきたことだけをトータルで見て行けば
「自分はよくやってきた」し「自分はよくやっている」と
自分に対する評価を、ちょっとは上げてもいいだけの
事実材料はあるじゃないかと。

で、自分に対する考え方を変えて
自分自身を認めて、自分自身を大事にしていくことによって
周囲の目も変わっていくのじゃないかと。
「アイツはどうせ、どういう扱いをしてもいい奴だから」
なんてふざけた思われ方はされなくなるんじゃないかと。

今回、気づいたことは
自分の価値って自分で決められるのね
というか
自分だって、自分で決めていい価値はもっているし、
守っていい尊厳ももっている

ということかな。

頭の中を整理整頓していって
自分をちょっと俯瞰で眺めると
色々と発見することがあるわと
50代になってやっと気づいた次第です。

そしてまた・・・仕事を辞めてみて
またちょっと考えたことがあるのですが・・・
長くなりましたので、一旦ここまでで。
お読みくださりありがとう。それでは、また。

190408

    (↑↑「再会」じゃなくて「再開」でした)


春のお別れ・・・寂しいわよねぇ~わかるわ~の奥様も
また新しい出会いがあるわよ!の奥様も
よろしければ1クリックを・・・
↓↓

絵日記ランキング



| | コメント (0)

2019年4月 4日 (木)

そもそもどうしてなのかと。

ようこそ、いらっしゃいませ。

前回の「自分は何に怒りを感じるか」ってことの続きのような
お話になりますかね。
また読んでいただくのは
申し訳ないような、つまらない内容になりますが
よろしければ、お付き合いを・・・

前回は
「自分がどういう扱いをされてもいいような人間だと
思われること」
「自分を見下されるような態度を取られること」
に、「怒り」を感じると記しましたが

「見下されるような扱い」
「同等でないような扱い」

なんだか結構そんな風な扱いされてきたような気がしますよ
いま考えるとね。
家に限らず、いろんな場面
職場でも、学校でも。

そもそも何故そんな扱いを、
相手がするのか・自分がされるのか、とまた考えていくと
「昔から、私自身の自己評価が極端に低かったから」
というのも原因かもしれないと思ったんですよね。
「自分自身が、人にどういう扱いをされても仕方がないような人間だから」
「自分と人は同等でなく、他の人たちのほうが自分よりも優れているのだから」
だから、自分が自分の尊厳を傷つけられるような
扱いを受けたとしても
「惨め」で「悔しい」思いはするものの
じっと胸に溜めてしまっていただけなのは
自分はそういう扱いをされるのも当然の人間なのだということが
無意識に身に染みついてしまっていたのかもしれないと・・・。
そういう自分自身を価値の低い者としてしまってる状態を
周囲は感じ取るのかもですね。
だから、相手もこちらをナメてもかまわない人間とみるし
自分もそういうものだと思ってしまう・・・
もう、自分も相手も無意識にそうなっちゃってると。


でも、いまは違うのよ。
自分の中で多少自分の評価は上がってきてるのよ。
だからナメられたような扱いだと感じると
「惨め」「悔しい」よりも先に
「怒り」が湧いてくるのね。

で、どうしてこれまで自己評価が低かったかというと
以前に記しました、私が学生時代ずっと
「場面緘黙」だったことが尾を引いている思いますが・・・

長くなるので一旦ここまでで・・・
お読みくださりありがとう。それでは、また。

5月から年号も「令和」に変わりますよね~・・・。
「平成」の時代もあと1か月。
この1か月に、色々と頭の隅に追いやっていた
古い諸々を、取り出して整理・整頓していこうかなと思ってます。
頭と気持ちの断捨離ね。
スッキリして新しい時代を迎えたいのでね。

190403

だから、これからますます
自己中心的な、ホントにつまらん内容になると思います。
お読みくださるアナタには、無理をなさらぬよう
不快でしたら素通りしてくださいね。

・・・でも、クリックもできればいただきたいと
思ってしまうのよ!
よろしければ・・・本当によろしければで!
↓↓

絵日記ランキング





| | コメント (3)

« 2019年3月 | トップページ | 2019年5月 »