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2008年2月

2008年2月24日 (日)

おコゲの香りにさよならを。

以前にもう何度か記した、義母の「鍋の焦げつからかし」の件だが、
あれからどうなっていたかといえば、
80年間通してきた義母の火に対する認識の甘さが
今更改善されるはずもなく、
仕事から戻ってきた私を一番に出迎えてくれるのが、
玄関まで漂っている焦げ付きの異臭であることが度々だった。
ひどいときにはその異臭が3、4日台所に留まり続けたりする。
そのたびこちらも義母に、

「絶対火のそばから離れないように!!」

という少し厳しめの口頭注意と、
毎朝出かける前の

「火だけは絶対気をつけて!!」

という念押しはしていたのだが、
気をつけるのは焦げ付かせた後の数日間のみで、
コンロの前にじっとしていられない義母。
いつもは「体の調子が悪ぃ・・・。」と言い、
じっとしていることの多い義母なのに、
コンロに着火したとたん
いきなり活動的になるのは何故なのか!?
大抵洗濯物を干しに行ったり、
玄関を掃きに行ったりしてしまうのである。

しかし、やはり
「いよいよこれはヤバい・・・」となったのは一ヶ月ほど前。
外出から戻るとまたしても、の異臭。
そしてまたしてもそれほど反省の色なしの義母。
ここまではいつものことなのだが、その後

「お義母さん・・・。今日はいったい何を焦げつからかしたん・・・?」

と訊いたところ・・・はて?ってな顔をされて

「わっちゃ、わからん。忘れてまった。」

え・えっ!??忘れちゃったの!?
・・・とぼけているのではなく、ホントに思いだせないようである。
というか、思い出す気もないようなそのそぶり・・・。
さらにその後、義母自ら

「なんか臭ぇようじゃが、なんか焦げ付かせちょりゃせんかね?」

と、ダンナに訊いたという。

「自分が焦げ付かせたんだろうが!」

と、ダンナは当然のツッコミを入れたそうだが、
・・・ちょっとお義母さんのこの様子は気にかかる・・・。
自分が何を焦げ付かせたか、
更に焦げ付かせたことそのものを忘れている・・・。

実をいえばこの頃の義母は時々
「認知症」ではないかと疑うような言動がある。
日常の生活にさしつかえがあるというほどではないが

「そろそろ手を打つべき時かもしれない・・・」

これを機に私は夜、ダンナと相談し
ついに前々から考えていた対策を実行に移す事にした。
それは

「義母が家にひとりになるときだけ 
プロパンガスの元栓を締める事」
である。

さて、どうなったかというと・・・?(つづく)

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2008年2月17日 (日)

あのひとは行ってしまった。

朝、何も告げずに彼が出て行こうとしている。
一人黙々と着替え、荷造りし・・・。


”行ってしまうの・・・?私も家族も置いて・・・。”


なのにあぁ私ったらどうして?
体が動かない・・・。
彼に何も言えないの。
ほら!彼が行ってしまう。言わなけりゃ!さあ!

ようよう身を起こして呟く


「・・・・・・お願いよ・・・・・・有名人に会えたら・・・
写真を・・・撮って・・・ガクッ!」



その声は彼に届かず、薄れる意識の中彼の旅立つエンジン音が
小さくなっていくのを感じたのだった。

彼はもう帰ってこない・・・今日は

そう、うちのダンナは行ってしまった。
東京に。

明日の東京マラソンに参加するために・・・。

このためにダンナは5時起き!
平日でもないのにこちらはそんな早起きなんぞできやしないので、
私は布団の中。
ダンナ一人で勝手に行って貰ったのである。

去年から始まった東京マラソン。
ダンナは去年も出、今年も参加する。
けっこうな応募者があるというのに、
連続当選を果たした強運の持ち主である。
本人曰く、「ハズれる気がしなかった」とか。
今年も走れるものだという思い込みが
運を呼び込んだのかもしれない。
私としてはその強運を宝くじかなんかの方向に
使っていただきたいと思ったのだったが・・・。
まぁ、でも酒もタバコもギャンブルもやらないダンナ。
唯一の趣味のマラソンなので、
楽しんでらっしゃいなと布団の中から静かに送り出したのだった。
90%寝てたけど。


さて、実際の東京マラソン。
去年はあいにくの雨だったけれど、
ボランティアの人達や沿道の応援の人達がとても温かく、
おにぎりを貰ったり声をかけてもらったりして、
ダンナには大変良い思い出となったようだ。

今年は天気も良いようだし、
有名人の方々もけっこう参加するようである。
去年以上の盛り上がりになりそうな東京マラソン!
参加者の皆様がんばってください。

ダンナは無事完走し、無事に帰宅してくれることがなによりの土産
・・・だが、やはり時間があれば
なんか東京土産を買ってきてくれればな、と思っている次第である。

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2008年2月 5日 (火)

ふるまん、落涙す!

本日ご訪問くださったアナタは、
ふるまんカフェはじまって以来のマジなヘコみ記事を
いやおうなく読まされることになりましょう。
あまり楽しくもない思いをさせてしまうことを
始めにおわびいたします。


「ふるまんさん。ちょっと・・・。」


仕事中正社員A女史に
背後から声を掛けられるということは、
十中八九仕事のダメ出しがくることを意味する。

ここ最近私は・・・なんというか・・・


”なんか呪われてんのとちゃうんかい!!”

・・・ってほど仕事の調子が悪い。
水まわり製品製造のこの仕事に入って、
この春で3年目になろうとしているのだが、
右も左もわからず言われることをやるだけで精一杯の
新米の頃と比べれば、
現在は多少なりとも仕事の流れもわかってきて、
ベテランの先輩達と同じ仕事も任されるようになり、
ちょっとずつ自信もつき始めたそんな時期・・・
であるのに、
その小さな自信さえ打ち砕かれるような、
容赦ないダメ出しがここ最近毎日続く。
どんなダメ出しなのかは
細かく記すとキリがないのだが、
”製品のここの研磨が悪い”とか、
”外観不良の製品を検査で通してしまった”とか、
”製品組み付け時の不備”とか
小さいことから大きいことまで色々だ。
全面的に私が悪い場合には謝罪し、
やり直しをしたりもするのだが、
言われるものの中には
「えっ!?ちょ・ちょっと待ってくださいよ!」と、
一方的にこちらが言われるのは理不尽だと
思えるようなこともある。
上の人の許可はちゃんと取って通した製品のハズなのに・・・
などという場合、やはりこちらも
A女史に事情を説明しようとするのだが、
・・・哀しいかな
「相手の立場を考えつつ、かつ自分の言い分を
この忙しい時間内に簡潔・明瞭に説明する」という
高度な言語能力を私が持ち合わせていないため、
まるで「昔・昔あるところに・・・」からはじまる
御伽話を語るかのような、
えらくまどろっこしい説明になってしまうようで、
結局言い分は最後まで聞いてもらえず
「・・・とにかく、今度からは気をつけて。」と言い残し
彼女は去っていってしまうのである。

うぅぅ~~~、この不完全燃焼のような
気持ちのやり場をどこへ持っていったらよいのか!?
こんな時!あの船場吉兆の女将がそばにいてくれれば!
そして的確な言語を隣でささやいてくれれば!
とさえ思ってしまうのだった。

肩を落として帰宅するも、
そうそう引きずってばかりもおられない。
翌朝は
「・・・っシャアッ!がんばるッ!!」
と車の中で自分に気合を入れて職場に向かうのだ。

・・・しかし、ホントに呪われてるかのように
こんなことが毎日続くので
次第に胸の中に溜まるものがあったのか、
ある週末ついに・・・。

その日もすでに一度厳しい注意をされていたのだが、
こちらの言い分はたんなる言い訳にしかとられず、
不快な思いは抜け切らぬまま。けれども、
”あと、数時間辛抱すれば・・・休みが来る!がんばるのだ!”と
なんとか自分に言い聞かせていた。
しかし!またしても
「ふるまんさん。・・・ちょっと。」
と背後からA女史の声!
そして、終業時刻数十分前にして、更なるダメ出しが!!
これにはさすがに私も心の中で何かが切れて、
持ち場に戻った途端・・・


落涙。


してしまった。

40代なのに泣く。
自分が情けなくて泣ける。
なんだか理不尽さで泣ける。
色んな気持ちがごちゃまぜで泣ける。

”今日の持ち場が、ひと気のない場所でよかった・・・”
機械の音もうるさいし、鼻水をすする音も誰にも聞こえまい。

そして、終業時間。
なんとか誰にも泣き顔をみられることなく
仕事場をあとにしたのであった。

いままでを振り返ってみても、
仕事先で泣く思いをすることは1度や2度はあった。
以前の職場でもそうであったし、
結婚前のOL時代もそうだった。
・・・きっと誰でもそういう思いをすることはあるのだろうな。
若くても、それなりの年になっても。
それでも泣いた分だけ
成長できればよいよな、と思う次第である。
生活かかってるし、逃げるわけにはいかんので、
ヘタレなりに気合をいれつつまた
今日もお仕事に励むふるまんである。

・・・実に久しぶりの登場の「正社員A女史」。
今回はちょっと冷たいカンジの印象になってしまったが、
ダメ出しのあとはさりげなく
こちらを気遣う言葉をかけてくれたりするという、
細やかな配慮を忘れない女性であることを
付け加えておかなければ。


・・・というわけで、ちょいと沈んだ内容になってスミマセンの
今回のふるまんカフェでした。

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